2008年8月

2008.08.03

どうでもよい事

Ghost Whispererが2周目(2回目)に入りました。一度見ているので内容もオチも泣かせどころも知っているのに目に汗をかきそうになりました。

以前の日記でシーズン1の第1話だけを見れば良いと書きましたが、それ以外にも泣ける回がいくつかあります。

シーズン1の第1話だけを見れば良いから、シーズン1の最初の方だけを見れば良いに変更します。

まあ、そんな事は どうでもよい事です。

 

さてYahooのニュースサイトを見ていたら

「夏の歌」といえば、どの曲を歌いますか?

そのようなトピックがあったので見てみた。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080802-00000282-bark-musi

1位、「夏の日の1993」 class
2位、「夏祭り」 Whiteberry
3位、「何も言えなくて…夏」 JAYWALK(J-WALK)
4位、「夏色」 ゆず
5位、「真夏の果実」 サザンオールスターズ

全て10年前以上の曲らしい。

らしいと書くのは、私が知っている曲は「夏の日の1993」と「真夏の果実」のみで、残りの3曲は知らないからだ。

WhiteberryとJAYWALK(J-WALK)に関しては初めて聞いた名前だ。

ゆずはTV映えしない容姿の2人組女性だったと記憶している。街ですれ違っても私は絶対に気がつかないであろう。

classも知らない。知識として男2人組と記憶にあるが痩せてるのか太っているのかハンサムなのかブチャイクなのかサッパリ知らん。

歌詞と歌手が一致するのは5位のサザンくらいだ。これもボーカルしか知らんけど。

サザンと言えば元メンバーが某宗教団体で宗教活動にハマリ周りに勧誘を繰り返し迷惑をかけるようになったのでメンバーから外れ、その後に麻薬で逮捕されたニュースがあった。

某宗教団体の名前を書くとイロイロ煩そうな事になりそうなので、仮に「ナンミョー宗教」とだけ言っておく(笑)。

 

まあ、そんな事はどうでも良いのですが、「夏の日の1993」は15年前の当時、有線などで聞く機会が多く、歌謡曲や流行歌にウトい私でも知っている。

そんな15年前の曲が「夏の歌」といえば、どの曲を歌いますか?で1位となったので私は驚いた。

なぜに驚いたのかを説明する前に、歌詞を知らない人も多い事でしょうから、とりあえず歌詞を掲載するので見て頂こう。

 

夏の日の1993

まるで別人のプロポーション 
Ah 水際のエンジェル 
君は初めて僕の目に見せた  
その素肌 そのセクシー 
超高層ビル 走るハイウェイ  
Ah 銀色のプール 
ざわめく街を切るように君は 
トビウオになった 

ドラマティックにSay Love  
ミステリアスにSo Tight  
こんなに一緒にいたのに・・・ 

1993 
恋をした Oh 君に夢中  
普通の女と思っていたけど 
LOVE 
人違い Oh そうじゃないよ 
いきなり恋してしまったよ 
夏の日の君に

 

 

服の上からは計れないね  
Ah 色っぽいチャーミング 
僕の視線を避けるようにいたね  
意識してしまう  
スキャンダラスに Say Love    
ダイアモンドにSo Tight  
宝の山だよすべてが 

1993 
ジェラシーさ  Oh 君に夢中  
僕には合わない人だと思った 
Love 
今日からは  Oh とんでもない  
不思議な気分にとまどうよ 夏の日の君に

ドラマティックにSay Love  
ミステリアスにSo Tight  
こんなに一緒にいたのに・・・ 

1993

こんな歌詞。

感性は人それぞれ。

歌詞や曲を聞いて

「んまあ!なんて素晴らしいのかしらん!」

と思われる人もいらっしゃる事でしょう。だから「夏の歌」といえば、どの曲を歌いますか?で1位に選ばれるのであろう。

 

人の感性はそれぞれなので私個人の意見を書きますと

 

「ツッコミ所が満載のヘタレな歌詞。」

 

私なりに歌詞の解釈と言うか、どのように感じたかを書くと

 

たまたま入手したプールの招待券。しかし一緒に行く女性もいなく1人で行くのも男同士で行くのも嫌。

仕方ないので「俺には合わね〜」、「その辺に居る普通の女」と、下に見ていた昔からの知り合いの女性を誘い出かける。一応メスだ。男よりもマシ。

しかしプールにて水着姿を見たら「おいおい、エエ体してるじゃね〜か」とジロジロ見てしまい、それに気がついた女性が視線を避けるようにしている状況において「こいつ、ダイヤの原石だ!宝の山だ!」と気が付き

「Say Love !、ヤリて〜!」と好きになってしまった。

 

このように解釈した。

 

こんな歌詞のどこが良いのだ?これをカラオケで歌うのか?俺なら恥ずかしくて人前では歌えね〜。

歌えね〜どころか、「Say Love 」とか、日記に書いている時点で恥ずかしくって背中がクネクネしてしまった。

大体、その女性に対して失礼だ。普通の女と思っていたとか偉そうに言っているが普通の女性の何が悪いのだ?。

それともお前は普通の人とは合わない選ばれた人種とでも思っているのか?何様のつもりだ?

歌詞に「こんなに一緒にいたのに・・・」と、つまり貴様は、その女性と長い付き合いがあるのに内面の良さに気がつかずSexyな体を見てホレたスケベ野郎なのだ。

 

そんな歌が「夏の歌」といえば、どの曲を歌いますか?で1位に選ばれたわけだ。

もし私が日本にいて知り合いとカラオケに行く機会などがあり、もし誰かが「夏の日の1993」などを歌うような事があれば

「ええい!このゴボウ男が!貴様の尻を八つ裂きじゃ!」

地獄へ叩き落とすであろう。

 

そんな歌が「夏の歌」といえば、どの曲を歌いますか?で1位に選ばれたわけだが、他の曲は何をしているんだ!もっと頑張れと言いたい。

 

まあ、どうでもよい事なんですけどね・・・・・。

 

今回の日記はどうでも良い事を色々書いてみました。

 

どうでも良い事だと思われた方はクリック
↓↓↓↓↓↓


↑↑↑↑↑↑
同感と思われた方もクリック


 

2008.08.04

球技大会

約1か月前の話だが日本人学校で在留邦人による球技大会があった。

大人の競技はソフトボール、バスケットボール、サッカーの3つ。

各自が出場したい競技だけに参加すれば良い。

 

最初はソフトボール。

私個人の視点で話すと、今回3つ行われる球技の中で一番疲れないと言える。

サッカー、バスケットボールと比較した場合、それらのスポーツよりも年齢層が高くても楽しめるスポーツと言える。色々な年齢層の人がそれなりに楽しめる。

また、Jリーグが始まる1990年代以前の日本においてスポーツは野球一色であったと言え、殆どの日本人男性が野球のルールを知っていると言える。

これがバスケットボールになるとルールが複雑で知らない人が多くなる。

球をリングに入れれば良いくらいは知っていると思うが、トラベリング、バックパスルール、3秒ルール、10秒ルール、30秒ルール(24秒に改正)など複雑極まりない。

ファール(反則)に関しても、どこまでが反則でどこまでOKなのか判断が難しい。

そういった理由からソフトボールは今回行われる3つのスポーツの中で一番人気と言えよう。実際、一番盛り上がる。

 

実は私、今回の3球技の中でソフトボールを最も苦手としている。私は野球がヘタ。小学校の時にカラーボールとカラーバットで遊んだ程度。たまに中学、高校の体育の授業で行った程度だ。

そんな私のポジションはドラえもんのジャイアンごとくピッチャー。

勿論、ドラえもんのジャイアンのように「エラーしたらブっとばすぞ〜!」など言わない。

通常、野球のピッチャーは一番運動能力が高い人が行う。しかし素人ソフトボールにおいては話が違ってくる。

私がサードやショートをしたらエラー続出だろうし、ファーストであれば送球を取れない可能性がある。セカンドの難しい動きなんぞ出来ない。

外野もフライを巨人の原のようにエラーをしそうだ。

そのような素人が素人ソフトボールをする時に無難なのがキャッチャーかピッチャーだ。球も飛んでこない。

しかしキャッチャーはしゃがんで疲れるのでピッチャーを選択したわけだ。言うならば私は素人ソフトボールにおいてピッチャーしか出来ないのだ。

そんな素人ソフトボールだが、面白いのが日本人気質。

球技大会なんぞは勝っても負けてもどっちでも良い。しかしながら出来るなら勝ちたいと思っている人が殆ど(笑)。

そういう私も勝ちを狙うのだが、やはり遊びの部分があるので子供や女性、野球がヘタそうな人には打ちやすい優しい球を投げる。

このあたりは本家ジャイアンとは大違いだ。

打たれても、点数が入れられてもどうってことはないが、ピンチになると打たれないように少しだけ真剣に投げる。やはり勝ちたい(笑)。

しかし2人だけ本気で「打ち取ってやる!」と思った人がいた。

1人は私の日記ではレギュラーになりつつあるロリハゲ。ロリハゲに野球の経験があるかと聞くと私と同レベルの様子。

最初の打席は適当に投げて適当に打たれたのだがムカついた(笑)。

ジャイアンの言葉を借りれば「ロリハゲのクセに生意気だぞ〜。」である。

2打席目は三振を取ってやろうと思って本気で投げたのだが見事に打たれた。ロリハゲに負けた事が悔しい。来年はリベンジをしてやろうと本気で考えている。

そしてもう1人はコスタリカ在住のN氏。

野球経験者と思われる彼はソフトボール大会では毎年主役。三振や凡打をしたのを見た事が無い。

私はソフトボール部門で去年および今年と2年連続MIPを受賞したが本当は私では無く彼が相応しい。

守備もウマく、そして打球が凄い。

「なぜにそんなに飛ばせるんですか?」

というようなスンゴイ打球だ。毎打席ホームランという感じ。

私は密かにサミーソーサと呼んでいる。

実はチーム振り分けで毎回同じチームになったので対戦した事がなかった。今年は初対決。

本気で三振を取ってやろうと投げた。実は私にとって一番楽しかった瞬間。3球勝負で最初の2つは完全に降りおくれ。私の有利。

数年前、ソフトボール部の顧問であるキクヒロに投げ方の特訓を受けた効果が出ている(笑)。

そして3球勝負の3球目に見事に打たれた。普通は一級外すのがセオリーだが野球漫画のごとく3球勝負に行ってヤラれた。

来年は三振を取ってやると本気でリベンジを考えている。

 

試合が終わり気がついたが、どうやらヘトヘトに疲れているのは私だけのようだ。6イニング投げるとそれなりに疲れる。

そして気がついたのだが適当に投げると、当たり前だが適当に打たれて、そうなると投球回数が増えるので、さらに疲れる事が判明。

来年は女子供老人素人関係なくバッタバッタ本気で投げてやろうと考えております。3回コールドで終了させてやるぜい。

 

そんなソフトボールの次はバスケットボール。

今回の競技で私が最も得意とするスポーツだ。小学校から高校までやっていたからね。

どのレベルでやっていたかと言うと、栃木県を北部、中部、南部で分けた場合に北部で一番上手といっても良いくらいのレベル。県大会に行けない事が無いくらい。

ただし栃木県をサッカー・ワールドカップに例えると北部はアジア枠。

中部や南部に行けば私クラスの選手はゴロゴロいた。そう考えると対した事は無いが、それでもそれなりに上手。

バスケットボールはサッカーや野球と違い、ある程度は1人でゲームが打開できてしまうスポーツ。

1人でリバンドをとり、1人でドリブルをしてボールを運び、1人でシュートを決める事が出来る。素人相手であれば尚更。

自分で言うのもなんだが、今回の参加者の中で何人かは経験者もいたが私はレベルが違がった。女性や子供もいたので本気を出すのもなんだし相手に怪我をさせない程度でプレーした。

実際に、私は数年前に少し本気を出して相手の肩を脱臼させた事がある。素人とか女性、子供と本気でするのが怖いのだ。

適当に怪我をさせない程度ではあったが、まあ、それなりに楽しめた。

残念なのは5分ハーフの10分ゲームと短い。短すぎる。

せめて5分の4クォーター制の合計20分。そして男女は分けて欲しいな〜。来年に期待!学校の先生方、どうぞよろしく。

 

そして最後はサッカー。

実は一番楽しみにしていた。

私は高校生の時、バスケットボール部(キャプテン)でありながらも練習をさぼってサッカー部に紛れ込みキーパーの練習をしていたという不届き者だ。

サッカー部で練習をするようになったのは体育の授業がきっかけ。

バスケットボール部だったのでキーパーだったら出来るかと思いやっていたのだが、サッカー部の連中から

「加瀬!おまえウマい!」

と褒められ

「サッカー部に来い!」

と煽てられ、練習に参加するようになったのだ。豚もおだてりゃ木に登るってやつだ。

基本は正ゴールキーパーあった大島君より徹底的に叩き込まれた。自分で言うのもなんだが大島だったら抜かせるような気がしていた。

大人になってから大島に

「お前、俺に一生懸命教えてくれたけれどレギュラーを取られるとは思わなかったのか?」

と尋ねると

「少し思った(笑)。」

と笑いながら答えてくれた。そんな相手に一生懸命コーチしてくれた大島は高校生の時から大人な奴だった。私に教えるとスグに覚えて動けるようになるので楽しかったそうだ。もともとコーチ向きな性格なんだな。

まあ、途中で飽きてバスケットボール部の練習に戻ったけれどね。

そんな一番楽しみにしていたサッカーのゴールキーパーだが、ソフトボール、バスケットボールの後で体は疲れている。

途中、左足ふくらはぎをつってリタイア。これは私自身の問題。運動不足だ。

私は日ごろ運動をするように心がけている。運動をしているといっても庭のコンクリートコートのリングに向かってシュートしたり、庭の中を走ったりと、その程度だが何もしないよりはマシ。

去年は球技大会の翌日から1週間、筋肉痛で普通に歩けなかった。

これはイカンと思い、今年はある程度コンディションを整えておいたので筋肉痛は翌日に少しあっただけ。運動の効果あり。

しかし今回、私は怪我をした。

運動を体育会系で一生懸命していた人ってのは、体は確実に老化しているのにも関わらず頭の中は現役のままなのだ。

サッカーでゴールキーパーをしている時、つい反応してしまい横っ跳びをした。

そしてドンと体が地面にたたきつけられるのだが、その時、ろっ骨にヒビが入った(笑)。

その瞬間、「あっ、いっちゃったかな?」と思った。

「すみません、誰か交換してください・・・・・。」と訴えたのだが無視される。冗談だと思ったらしい。

数年前、草サッカー中にオーバーヘッドをして背中から落ちヒビが入ったのと同じだ。その時は2か月ほど咳をするのがつらかったが今回は3週間を過ぎたあたりから走れるようになったので酷いヒビではなかったようだ。

 

そして、もっと深刻なのが右肩。1か月過ぎるのに痛い。コキコキ変な音がなる。引っ張ると痛い。ソフトボールで張り切って投げすぎた。

医療関係の仕事をしていたデンテいわく、

「何本か骨をつないでいる筋が何本か断絶していますね、自然にくっつくのを待つしかありませんね。」

との事だ。

若いとすぐにくっつくのだが、中年の私は1カ月過ぎても痛い。

中年仲間には年齢に合った運動をしろと言われるようになった。

 

10代現役時の運動能力に戻れたらな〜、体力の衰えって嫌だな〜と悲しみにふける今日この頃。

その前に痩せろという声が聞こえてきそうだが、まったくもってその通りなので否定はしない。

少し体重を落とそうと本気で考えはじめました。

 

球技大会、楽しいです。

この日記を読んで球技大会に参加したくなった人で日本人会会員になっていない人は、とりあえず会員になろう!わずかな年会費を払ってね♪

さりげなく日本人会の宣伝をしてみました。

 

 

中年なのにムリしちゃダメだよと思った人はクリック
↓↓↓↓↓↓


↑↑↑↑↑↑
運動能力が下がる悲しみが同感できる人もクリック


 

2008.08.09

北京オリンピックの開会式

北京オリンピックって開催されたんでしたっけ?

私はスポーツが好きでしてオリンピックは毎回楽しみにしているのですが今回に関しては関心が非常に薄い。

日本は誰が出場するのか、何の競技が注目されているのか等サッパリ知らない。

と、ここまで書いていたらタイミング良くデンテさんが

「北京オリンピックの開幕式やってますよ。」

な〜んて言ってきたので、少しだけ見た。

 

2分くらい見て飽きた。

 

いつもはどこの国が何人くらい出ているのかと気になるのだが、今回は興味なし。

 

私は中国という国がどちらかと言うと好きでは無く、今回の北京オリンピックに対しても反対の姿勢であった。

中国のやり方が好きでは無い。

中国は北京オリンピックの為に、前回のアテネオリンピックの選手選考で当時のベストな選手では無く、北京で活躍しそうな年齢の選手を選出。

4年前にベストであっても、北京オリンピックにはピークが過ぎるだろうと思われる選手は落とされた。

アテネオリンピックを北京オリンピックに出場させる選手に経験を与える場所としたのだ。中国にとって中国人が北京オリンピックでメダルを取ることだけが重要。

アテネオリンピックは捨石。

これだけ不平等な世の中だ。せめてスポーツの世界くらいは公平に扱って欲しいのだが、そんな事は中国には通用しない。

そのような理由でアテネを落とされた選手がどれだけ悲しかっただろうかと考えると、ますます中国が嫌いになる。

そんな中国で行われるオリンピックだ。見たいと思わない。

他にも今回のオリンピックが見たくない理由は沢山沢山あるのだが、それを書くとキリが無い。

 

とにかく、中国のような国が平和の象徴と言われているオリンピックを開催する資格なんぞ無いと私個人は思う。

しかしながら、1つ気になるスポーツがある。

書き出すと長〜くなりそうなので次回にします。

 

北京オリンピックには興味がない人はクリック
↓↓↓↓↓↓


↑↑↑↑↑↑
人権無視殺人国家の中国にオリンピック開催資格なしと思う人もクリック


 

2008.08.10

オリンピックの歴史

北京オリンピックなんぞは興味も無いし見たくも無いのですが、1つだけ気になるスポーツがあります。

 

 

それは日本代表のサッカー!

メキシコ大会以来のメダル獲得になるか!

頑張れニッポン!

 

 

 

 

 

 

嘘。

興味なし。代表選手が誰なのかすら知らない。

 

 

私が気になるのは野球!

男・星野監督が率いる日本選抜!

日本のプロ野球選手が参加するのだ!

メダル獲得の可能性が十分考えられる。

頑張れニッポン!

 

 

 

 

これも嘘。興味が無い。

ダルヒッシュがウンヌンって新聞で見かけるが、ダルヒッシュなんて知らない。

イチローや松井、松坂とかが出場するなら見たいけれど、私が知らない選手で構成された日本選抜チームには興味が無い。

 

自国のチームに興味が無いとか書くと非国民と非難されそうだが、興味が無いのだから仕方がない。

 

私が気になるのは米国のバスケットボールチームだ。

NBAプロバスケットボール選手を集めたドリームチームと呼ばれていた集団だ。

呼ばれていたと過去形で書いたのは打ち間違いでは無い。今は普通に米国代表チームと言われている。

それはドリーム(夢)のチームでは無くなったからだ。

 

私がなぜに今回の米国バスケットボールチームに興味があるかを書く前に、オリンピックにおけるバスケットボールの歴史と、初代ドリームチームが結成されてるようになった経緯、その後のドリームチームについて簡潔に説明する。

この時点で多くの人が

「あ〜あ、また加瀬のバスケットボールネタかよ!」

と、飛ばし読み体制に入った事と思われますが、もう少し付き合ってけろ。

 

私の日記はテーマが決まっておらず、色々な事に対して好き放題書いている。

私自身はバスケットボールについて楽しく楽しく書いているのだが、殆どの読者は興味が無い分野の様子。

一番人気が無い。反応が殆ど無い。

 

読者あっての私の日記などとは言わない。別に金をもらっているわけじゃないので読みたくない人は読まなければ良いだけの話。

しかし、せっかく読みに来てくれているのだから、楽しんでもらえる方が良いとは思っている。

今回は「面白かった!」と思ってもらえるかは解らないが日頃の生活で約に立たないマメ知識くらいには・・・、なるかな?

 

さて、まずはオリンピックにおけるバスケットボールについて。

バスケットボールがオリンピック競技として開催されたのは1936年のベルリン・オリンピックから。第二次世界大戦の前だ。

それから開催された16回のオリンピックにおいて米国バスケットボールチームは12回個の金メダル獲得。

優勝できなかった大会は4つ。

1.1972年 ミュンヘン。

2.1980年 モスクワ

3.1988年 ソウル

4.1994年 アテナ

 

1972年のミュンヘン・オリンピックの決勝で、ソ連相手に負けた。

それまで7回連続して金メダルを獲得してきただけでなく、1度も負けた事が無い米国が初めて負けた試合だ。

それは疑惑の判定だった。

ソ連側が審判の判定に抗議をして試合終了の3秒前に戻って試合再開となった。

その3秒で逆転された。

私は、その3秒の映像を見た事がある。

ソ連のスローインで試合再開。ソ連の自陣エンドラインからオーバースローパスでスローインされたボールが米国側のバックボードまで届く。

(*オーバースローパスとは野球のような投げ方をするパス。)

バックボードに当たり跳ね返ったボールを米国選手同士が争いこぼしてしまい、それをソ連の選手がつかみシュートをして決めて逆転。

当時のルールを知らないので何とも言えないが、3秒前に戻るとか、ちょっと信じられないジャッジだ。

当然、米国は猛抗議をするも結果が覆される事は無く、米国はオリンピック史上、初めて金メダルを逃すことになる。

米国は判定を不服として銀メダルを拒否。銀メダルは今でもミュンヘンにある。(*たぶんあると思う。20年前はミュンヘンにあった。)

米国は負けたという意識は無い。米国にとっては盗まれた金メダルだ。

 

そして1980年のモスクワ・オリンピック。

アメリカを筆頭に多くの西側諸国はソ連のアフガニスタン侵攻に抗議してオリンピックをボイコット。米国はオリンピック不参加。金メダルはユーゴスラビア。

1984年は東側が報復ボイコット。金メダルは米国。

 

そして1988年。12年ぶりに東西が参加する記念すべきオリンピックになった。

この大会で米国バスケトボールチームは実力でソ連に負けた。

 

長くなったので次回に持ち越し。

 

少しは面白かったと思われた方、クリックよろしく
↓↓↓↓↓↓


↑↑↑↑↑↑
バスケットボールのネタよりもコスタリカの自然について書けと思った人もクリック


 

2008.08.11

日本の消費者はやかましい&ソウルオリンピック

ソウルオリンピックの前に太田誠一農水相の問題発言について少しだけ書いてみる。

NHKにて日本の食材は安全だと思うが消費者がやかましいから徹底すると発言して、それが非難されているようだ。

私は彼の発言を聞いていないし話の流れも知らない。日本のマスコミは言葉1つをとって攻撃してくるので、その発言だけでは何とも言えないのだが、このオッサンは過去に暴言を吐いているので今回もありえるとは思った。

このオッサンは暴言を追及されると

「日本のように消費者が堂々と権利を主張できる社会はいいという意味だ。ニュアンス(の違い)だと思う」

と説明したようだ。私は国語が得意では無いのだが、消費者がやかましいという言い方を、どのように良く解釈してもオッサンの言い訳は苦しいと思う。

このオッサンが吐いた前回の暴言は2003年に早稲田大学のレイプ集団「スーパーフリー」について

「集団レイプする人はまだ元気があるからいい。まだ正常に近いんじゃないか」

http://www.japancostarica.com/Diary/2007/0306.htm#030628

私も日記で取り上げた。

そのおかげで、その年の衆議院選挙には見事に落選。

しかし“喉元過ぎれば熱さ忘れる”日本人体質のおかげで平成17年に復活。

このオッサンは全国貸金業政治連盟という団体から政治献金を受けたと言われている政治家の1人。

全国貸金業政治連盟とは漢字で書くと格式高い団体のように感じるかもしれないが平たく言うとサラ金団体政治部だ。利子を現行よりも高く設定することを目的の1つとしている。

献金された政治家は献金先の要望を受け入れようとする。

ニュースソースは共産党の「しんぶん赤旗」。

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik2/2003-09-12/14_01.html

 

他にも叩けばホコリがいくらでも出てきそうな話が沢山あるが証拠が無いのでココには書かない。

そんなオッサンだが選んだのは日本の有権者。

次の選挙が楽しみだ。

 

気になったニュースだったので少しだけ触れてみた。

 

さて、前回の続き。

米国バスケットボールチームが実力で負けたソウル・オリンピック。

それについて書く前に少しだけソウル・オリンピックについて触れる。

 

ソウル・オリンピックは至る所で韓国らしいオリンピックだった。

開会式に平和の象徴であるハトを用意。聖火を点火する時にハトがバタバタバタっと飛び立つシーンを演出したかったと思われる。

しかし点火時にハトが聖火台に止まっているのを確認せずに点火した為に火だるまハトが飛びまわる映像を世界に発信した。

当時の私は韓国を「日本人と似ている人種」と思っていた無知人間であったため、なぜにそのような事故が起きたのかビックリしたが、今であれば大雑把な韓国人らしいと納得出来る。

 

ソウル・オリンピックは韓国が地元の有利を思う存分に発揮した大会だ。

私が覚えているだけでも幾つか挙げられる。

例えば女子バレーボール。

韓国チームのスパイクが完全にアウトなのに審判はインとする。

解説者:「今のは、どうみてもアウトですねぇ〜。」
ゲスト:「まあ、地元のアドバンテージですかねぇ〜。」

このような会話を覚えている。20年も前の事なのに、よく覚えているな〜と自分でも感心する。

そしてボクシング。

韓国人が判定負けしたのだが、それを不服としたコーチ陣がレフリーに殴りかかった。解説者かゲストだか忘れたが「これはいけませんねぇ〜。」と言っていたのを覚えている。

その後、ボクシング会場が停電。突然真っ暗になった会場は騒然。

後から分かった事だが、判定を不服とした韓国人役員が会場の電気を消して真っ暗にして帰ったらしい。

他のも試合中のリングがあったのにも関わらずだ。

当時の私は韓国について知識が無かったので、ただただビックリしたが今であれば、「あはは!韓国らしいなぁ〜。」と笑える。

 

それよりも、もっと酷い判定があった。

名前や階級は忘れてしまったが、米国と韓国の決勝。米国人選手が何度かダウンを奪ったのに判定は韓国人の勝ち。

当時の私は同じアジア人種という事で韓国人を応援していた。

私はリアルタイムで試合を見ていたが、素人目でも米国の黒人選手が勝ちだろうと思っていた。

気になったのでサクっと検索してみた。

ウィキペデイアより抜粋

ロイ・ジョーンズ・ジュニア

1988年10月2日、ソウルオリンピックボクシング競技に出場。決勝戦で韓国の朴時憲と対戦。2度ダウンを与え、有効打も86対32となるなど圧倒したものの、非常に不可解な判定で3-2で敗れたとされて銀メダル獲得、2位に終わる。「盗まれた金メダル事件」として知られる。後の調査では審判の買収が判明し、IOCの会長からメダルのレプリカを与えられ、アマチュアボクシングの採点システムが変更されるきっかけとなった。

買収があったのは知らなかった。さすが韓国。得意の賄賂&買収を行ったわけだ。

 

ソウルオリンピック誘致においてIOC役員に賄賂攻撃を送ったのは有名な話。

2002年のワールドカップにおいて、あまりにも韓国寄りのジャッジだったのはサッカーファンの記憶に新しい。審判が買収されていたかどうかは知らないが過去の事実から疑ってしまうのは私だけでは無いはず。

 

他にも柔道において日本人選手に対して不可解な判定を出す韓国人審判とか、日本選手の食事に毒が盛られて下痢になったりなど色々。

さすが国を挙げての反日教育が行き届いている韓国。

ソウル・オリンピックは地元韓国が韓国らしい手法を存分に発揮したオリンピックだった。

 

つい話が脱線してしまった。私の悪い癖だ。

クサレ日本人政治家やクサレ韓国の事なんぞこのくらいして、次回は実力で負けた米国バスケットボールチームについて書きます。

 

さっさとバスケットボールについて書け!と思われた人はクリック
↓↓↓↓↓↓


↑↑↑↑↑↑
さすが韓国と思われた人もクリック


 

2008.08.12

ドリームチーム結成 その1

米国チームが中国に大勝しましたね。でもって今日はアンゴラ戦。

早く書かないとオリンピックのバスケットボールが終わっちまう。

ピッチを上げて書かなければ・・・・。資料を見ないで一気に書くので記憶違いで間違いを書くかもしれないが、後で訂正を見つけたらお知らせしますのであしからず。

 

ミュンヘンでは疑惑の判定によって金メダルを逃した米国だが、自国他国認めるバスケットボール最強国である事は変わりがない。

当時の米国において

「オリンピックなんて行きたいを行かせろ。大学生でも出しとけ。それでも金メダルは取れる。」

このような感覚だったらしい。

ミュンヘンでは負けたが米国は自他ともに最強と認めている。ミュンヘンの次のモントリオールも1984年のロスアンジェル・オリンピックも金メダル。ロス五輪はマイケル・ジョーダンが出場。

スペイン代表監督が

「彼の体はゴムで出来ている。」

と、唸ったのは有名な話。

多くの人が米国の優勝を当然のように信じていた。

そんなアメリカがソウルオリンピックの準決勝でソ連に負けた。

ミュンヘンの時とは違い実力で負けた。疑惑の判定は無かった。

 

私は試合をリアルタイムで見ていた。解説は当時共同石油女子の監督だった中村和雄氏。その年代でバスケットボールをしていた中村監督を知らない人は居ないと思われる。私は高校時代に15万円もする中村和雄コーチビデオを購入した。勿論、部費だけど。

そんな中村監督の解説で見ていた準決勝。中村監督は指導者としては良いと思うが解説者としては、なんというか、面白がって試合を見ると言うか・・・。

「でた〜!ダンクだぁ!」

とか

「うわぁ!凄いパスだぁ!」

こんな事を言う人だった。気持はわかるが解説者としては・・・・・・・。

 

準決勝で米国は負けた。疑惑の判定は無かった。

米国の行動で不可解な場面がいくつかあった。

例えば試合の後半間際で米国のビハインドにて米国がファールをもらいフリースロー。

そこで米国はスローインを選択した。

私は「なんで????」となった。

(*当時のルールではファールでフリースローを得た時、フリースローを打つのでは無くサイドからのスローインの選択が可能だった。)

 

リードしている試合ならフリースローを拒否してパスを回して時間を稼ぐ事もあるが、後半の終盤で負けている場面だ。

とにかくフリースローを2本決めるか、あるいは1本入れて、もう1本をワザと外してリバンドを取って入れて3点プレーにするのがセオリー。

しかし米国はスローインを選択。

中村氏も

中村:「これは解りませんね〜、全く解りませんねぇ〜。」

そのように言っていたのを記憶している。

そういう細かい不可解な行動がいくつかあった。1つ1つのミスが結果につながるのがバスケットボールだ。

 

負けた米国だがメンバーは悪くなかった。

その年にNCAA(全米大学選手権)で優勝したカンザス大学の主力選手だったダニー・マニング。身長が211cmあるのにしなやかな動きをする選手だった。NBAではパっとしなかったけれど。

他にはデビット・ロビンソン。NBAドラフト1番でスパーズへ入団。その後の活躍は皆が知るところと言いたいところだが知らない人が多いだろうかららサラっと紹介すると、スパーズが優勝した頃の主力選手でNBAを代表するセンタープレイヤーの1人。

その他にもダン・マーリーやミッチ・リッチモンドなど、後にNBAで活躍する選手が何人もいた

確かジョージア大学の監督がオリンピックチーム監督をしていたと記憶している。自分のチームからポイントガードで178cmの小さい選手を選んだのが印象的だった。その小さい選手はNBAにドラフトされなかった。

監督も選手も名前を忘れてしまった。覚えているのは身長だけだ。

 

実力で負けたと書いたが、少しだけ米国をフォローしたい。

選手の個人能力を比較するとソ連より米国の方が上だった。

しかしバスケットボールはチームスポーツだ。

ソ連など東側諸国は国を挙げてチームを作ってくる。トップクラスの選手を集め何か月も合宿をしてチームプレーを確立して万全の体制でオリンピックに臨んでくる。

それに対して米国は寄せ集め。大学生を中心。プロ選手などのトップクラスは出てこない。

 

選抜チームってのは難しいのだ。私は昔、某選抜チームに選ばれた事があるが、いつも練習していない人だと次の動きが読めずパスを出す時に一瞬考えてしまう。

オフェンスもディフェンスもやりにくい。

結局、同じ学校からのメンバーにパスを出す回数が多くなる。

上手な選手を集めた即席チームが、練習を重ねているチームに勝つのは難しい。

そのような不利な点が沢山あるのだが、それまでの米国であれば大きな実力差で弾き返していた。

しかしソウルオリンピックにおいて米国は、それまでの方法では勝てない事を学んだ。

米国の威信にかけても次のオリンピックは優勝しなければいけない。

そこで結成されたのがドリーム・チームだ。

 

いつもの二倍書いたのでさすがに疲れた。続きは明日書きます。

 

面白かった人はクリック
↓↓↓↓↓↓


↑↑↑↑↑↑
もう、バスケットネタは止めて別の事を書けと思った人もクリック


 

2008.08.14

ドリームチーム結成 その2

米国バスケットボールチームについて書きますが、8月10日の日記から読んだ方が楽しいですよ。未読の人はそちらを先にどうぞ。

昨日の続きを書く前にグチを少しだけ書かせてくださいな。

米国チームのアンゴラ戦が見たくて6:00amからTVの前で待っていた。北京時間の12日の8:00amスタートなのでコスタリカは6:00amになる。

我が家はケーブルTVと契約しており、ESPN、NBC Sports、Fox Sports、 T yY Sports、その他にもスポーツチャンネルが幾つか入っている。

私はそれらのホームページをチェックして放送時間の確認をしたのだ。

しかし放送されない。

これは放送権のせいであろうと予想した。

放送権は、どこのエリアで何クールを放送するウンヌンと細かく決まっているはずで、きっと中米エリアでバスケットボールを放送しても放映権の金額と視聴率を考えた場合、元が取れないと判断されたのであろう。

あえていおう!カスであると!

もういいよバーカ。

 

 

さて、昨日の続きを書く。

ソウル・オリンピックで金メダルが取れなかった米国は、次のバルセロナ・オリンピックでは絶対に勝たなければいけない。

そこでNBAのスター選手を集めたドリームチーム案が出た。

それまでオリンピックのルールではプロ選手の出場が不可であったが、ルールを変更してプロ選手が出場可能とした。

このルール変更には色々な要因があった。

大きな要因の1つはオリンピック協会の赤字解消。NBAの人気選手が参加すれば放映権で儲ける事が出来る。

もう1つは世界進出を狙うNBAだ。NBA人気を世界に広げて世界中相手に儲けたいNBA側の目論みがなければ、選手が体を休める大切なオフシーズンに選手派遣を認めるわけがない。

また、国際バスケットボール(FIBA)によるプロ選手のオリンピック参加の容認。人気がイマイチのバスケットボールをメジャーにしたいという算段。

そして絶対に優金メダルを取らなければいけない米国。

色々な団体の利害関係が一致してドリームチームの誕生となった。

これらの目論みは大当たり。

米国は優勝。オリンピック協会も高く放映権を売って大儲け。バスケットボールの人気は上昇。

そしてNBAも世界で認知されるようになった。それまで日本では認知されていなかったNBAを多くの日本人が知られるようになったのもこの頃から。

それまで日本においてNBAは一部のマニアだけが知っている世界。それまでNBAグッズを販売していたのは渋谷のワールドスポーツだけであった。(ワールドスポーツ様、当時は大変お世話になりました!)

ドリームチームは本当にドリームだった。NBAファンの私としては一試合も見逃せない、見逃したくなかった。

メンバーが凄かった。

ポイントガード
マジックジョンソン
ジョン・ストックトン

シューティングガード
マイケル・ジョーダン
クライド・ドレクスラー

スモールフォワード
スカーリー・ピペン
クリス・マリン

パワーフォワード
カール・マローン
チャールズ・バークレー

センター
デビット・ロビンソン
パトリック・ユーイング
クリスチャン・レイトナー

背番号までは思い出せない。ジョーダンが#9、レイトナーが#4だった以外は忘れた。

(当時の所属チームで所有していた背番号は覚えている。忘れたのはオリンピックでの番号だけ)

身長とか、どこのチームにいて、どのようなプレーをしていたかは記憶しており、それを1人1人書きたいのだが大変な量になる。1人1回で収まらないかもしれないし、そんな事をしたら北京オリンピックが終わってしまう。

どのくらい凄いかを簡単に説明すると12人の内、レイトナーとマリンを除く10人が1996年のNBA50周年記念に発表された「最も偉大なNBA50人の選手」に選出されている。

50人に選ばれなかったがクリス・マリンも良い選手だった。身長が192cmとフォアードとしては小さい白人選手だったが頭の良い動きと外からのシュートが素晴らしかった。たしかアル中を克服したと記憶している。

私としてはクリス・マリンよりもアイザイア・トーマスを選んで欲しかったのだが、マリンが選ばれるのはチームバランスにおいて仕方なかったと納得出来る選手だ。

(アイザイアは最も偉大なNBA50人の選手に選出されている、アイザイアが選ばれなかったのはチームバランスもあるが、他に理由があると言われている、機会があれば触れる)

レイトナーはNBA入りをしてもパッとしない成績で引退した。大学から鳴り物入りでNBAに来ても消えていく選手は多い。

とにかくレイトナーを除く11人は凄いメンバーだった。

その後、NBAの選手で構成された米国代表のチームが今回の北京オリンピックを含めて8回結成された。しかし初代チームが最強と言われている。私もそう思う。

そんな凄い選手を集めるのは大変だ。良く集まったと思った人も多いであろう。

プロ選手は、特に米国人は自分が所属するチームを大事にする。余計な怪我などしたくないしオリンピックに出たところで金になるわけでもない。体と気持ちを休ませて次のシーズンの望みたいのだ。

ジョーダンなど参加を拒否していた選手が沢山いたが、ある人物の尽力によって初代ドリームチームが出来た。

その人物とは初代ドリームチームに選ばれてたマジック・ジョンソン。

彼が自ら動いたのだ。

 

マジック・ジョンソンは前の年に引退をしていた。理由はHIV感染。

試合後は3人の女性と一緒にベットでセックスしていたそうだ。そりゃHIVに感染するわな。それにしても凄い体力だ。

ちなみに私は中学生の卒業文集で尊敬する人に「マジック・ジョンソン」と書いている。試合後に4Pを行う人を尊敬していたようだ。

 

マジック・ジョンソンは1980年代に5回優勝しているレイカーズの中心選手。今では誰でも知っている「ノールック・パス」は彼から始まった。

彼の本名はアービン・ジョンソンだが、彼のパスを見た解説者が

「手品を見ているようだ。」

と言い、それからマジックというニックネームがついた。

当時、マジックのノールック・パスを見て刺激を受けた私は早速練習中に行った。しかし予想できないパスにチームメイトは戸惑ったようだ(笑)。顔にあたりメガネが落ちて怒った人もいた。中川君、ごめんね。

それでも数か月後にはノールック・パスが取れるようになるのだから、やはり日頃の反復練習ってのは重要だ。

そんなバスケットボール少年の心をつかんだマジックがHIVで引退した時のショックは大きく、私はそれから数年間、NBAを見る事が無かった。

 

そんな彼がドリーム・チームとして試合を行うのだ。どれだけ私が狂喜したのは想像できるであろうか?

多くの人が彼のプレイを、もう一度見たいと思ったことであろう。

プレイってのはバスケットボールのプレイであって、ベットの4Pプレイじゃないのであしからず。(それも少し見てみたい気はするが・・・・。)

 

オリンピック出場の打診を受けたマジックは受領。そして彼自身がメンバー集めを始めた。

最初に声をかけたのがラリー・バードと言われている。

ラリー・バードは80年代を代表する白人選手。ボストン・セルティックスのスモールフォワードで206cmと大柄でありながら3Pが得意だった。

3Pとはスリー・ポイントシュートの事だ。NBAルールで7.24m(当時の国際ルールは6.25m)の距離より放ったシュートがリングに入った時、通常は2点のところが3点になるシュートの事だ。

マジックが得意だった4Pとは別物なのであしからず。

バードという名前、そして白人で運動能力は黒人よりも劣ったため「飛べない鳥」と言われる事もあったバードだが、技術、判断能力、正確なシュートなどで運動能力を補う素晴らしい選手だった。

80年代は「マジック vs バード」と言われており2大スーパースターだったバードだが、オリンピックの1993年時は既に選手としてピークを過ぎており、腰痛で苦しんでいた。

当時のバードは腰痛で試合中も座っているのが辛く横に寝ころんでいたくらいだ。

そんなバードはオリンピック参加に難色をしめしていたが、マジックからの誘いでオリンピック参加を受ける。そして彼はオリンピックを最後に引退した。

そしてマジックはスーパースターのマイケルジョーダンにも声をかける。

ジョーダンはオフシーズンを家族と過ごしたいとオリンピック参加を拒否していた。

既に金メダルは1,984年のロスオリンピックで取っているのも不参加の理由だ。

しかし引退したマジックからの誘い。バードも引退を飾るオリンピックだ。

ジョーダンもオリンピック出場を表明する。

ちなみにマジックは電話魔らしい。引退後もPlay offなどで気になる選手がいると色々アドバイスをしたくなるらしい。

そのような経緯で集まったスーパースター集団で臨んだバルセロナ・オリンピックだが、全ての試合において圧勝。

決勝戦でクロアチアに前半途中までリードを許したが、当然のように逆転で圧勝。(クロアチアには、その後シカゴで活躍するトニー・クーコッチがいた)

各試合とも試合途中で勝負が決まるとShow playが所々で出て祭り気分。

試合前に相手国の選手と記念撮影などがホノボノとした感じだった。クロアチア以外は最初から試合を放棄しているようだった。

そんなお祭り気分の中、確かアンゴラ戦だったと記憶しているが、悪童と呼ばれるチャールズ・バークレが相手選手に肘打ちをしてテクニカル・ファールをとらえた。

肘打ちをした理由が、試合を最初から放棄している相手選手に対して

バークレ:「国と国の勝負だ、ヘラヘラしてんじゃねー!」

そんな理由で行った行為だ。そんなバークレーが大好きだった。

その後、バークレーは各試合でブーイングを受ける唯一の米国選手となった(笑)。

しかし最後の表彰式の時は拍手が起こる。不思議そうに首を傾げるバークレが面白かった。

表彰式だが、ユニフォームが某スポンサーのマークが入っていた。

ジョーダンやバークレーなどナイキと契約している選手がアメリカ国旗でユニフォームを隠していたいのが印象的だった。プロだな。

とにかく、初代ドリーム・チームは凄かった。

余談だが、ドリーム・チームはオリンピック参加前の練習試合でアメリカ大学選抜に負けている。オフだった事もあり体が鈍っていた事もあるが、NBAのトップスターが大学生に負けたのだ。

この試合でドリーム・チームに火がついた。

マイケル・ジョーダンは異常なくらいの負けず嫌い。負けるのが大っきらい。記者に卓球で負けたのが悔しくて、練習をして1年後に再挑戦して勝ったのは有名な話。トランプでも絶対に負けたくないらしい。

ドリーム・チームに勝った大学選抜には、その後NBAで活躍する選手が多くいた。その1人がアンフィニー・ハーダウェイだ。ポジションはポイントガードでプレイスタイルがマジックに似ている事もあり、マジック自身が

「自分を鏡で見ているようだ。」

と、ハーダウェイの実力を認めた。そしてマジックの言葉を聞いたハーダウェイは

「自分の方がマジックよりも高く飛べる。」

このように言ったのも有名な話。

いかん、ついつい話がそれてしまう。ドリーム・チームの話をしていたのだった。

 

 

その後もオリンピックと世界選手権の度にドリーム・チームが結成された。

初代はドリーム・チームT。2年後の1994年に行われた世界選手権はドリーム・チームU。1996年はドリーム・チームVと呼ばれている。

この3つまでは他国を寄せ付けない本当のドリーム・チームだった。確か1試合だけ15点差くらいでの勝利があったと記憶している。15点差はバスケットボールでは十分な差なのだが、ドリーム・チームにとっては不満な点差だ。

1998年の世界選手権だが、この年はNBA選手は出場していない。1998年はNBA最悪の年と言われている。

NBA選手側がストを起こしたのだ。それによりNBA選手と接触が禁止されてしまい世界選手権にNBA選手を送る事が出来なかった。

大学生やCBA(Continental Basketball Association)などNBA以外の選手で臨んだ世界選手権だが優勝する事は出来なかった。

米国はNBA選手が参加しなければ世界で勝てなくなった。

 

その2年後に行われた2000年のシドニーオリンピック。

このあたりからドリーム・チームが変わってきた。

スターの中のスターが出場を拒否するようになったのだ。

MVPクラスの選手が出なくなった。その年に優勝したレイカーズの主力選手であるシャキール・オニールとコービー・ブライアントが出場を拒否。

他のスター選手も拒否。

勿論、NBAの選手は皆が凄いので、強いメンバーが集まったのだがベストでは無かった。

シドニー大会で米国は苦戦をする。過去のドリーム・チームは全ての試合が圧勝だったが苦戦が目立った。

準決勝では僅か2点差の勝利。最後にリトアニアが放った3ポイントが決まっていたら負けていた。ハラハラドキドキする試合だった。

こんな試合はドリーム・チーム結成いらい初めて。

決勝戦のフランス戦も結果は10点差だったが、試合終盤では4点差まで縮められた。

10点差で勝利など過去のドリーム・チームでは非難の対象になる。

私の予想通り金メダルを取ったにも関わらず批判の声が出た。ドリーム・チーム勝利するだけではアメリカ国民、世界のNBAファンは納得しない。

圧勝を望むのだ。

優勝が出来た米国だが「このままじゃ負けるかもしれない・・・」、と思った。

そして少しずつ、ドリーム・チームと呼ばれなくなってきた。

 

いつもの3倍量を書いたので続きは明日。3倍は赤ザクだけで十分だ。

このシリーズは早く終わらせなければ・・・・。オリンピックが終わってしまう事もあるが、予想通り人気が無くランキングがガタ落ちだ(笑)。

別にランキングには全くこだわっていない訳では無いが、落ちても気にはならない。でも上の方にいる方が良いので、次回でバスケットボールシリーズは終わりにしよう!通常の3倍くらい書けば終わるかな?

 

え!バスケットボールのシリーズは面白かったのに!もっと続けて!と思われた方はクリックした後にE-Mailください。友達になりましょう。
↓↓↓↓↓↓


↑↑↑↑↑↑
もう、バスケットネタは止めて韓国ネタを書けと思った人もクリック


 

2008.08.15

ドリームチームの衰退と挑戦

通常の3倍以上の量を書いているバスケットボールシリーズだが、通常の3倍のスピードでランクが落ちている。

私自身はトッテモ楽しく書いているのだが多くの人は興味が無いらしい

残念だが今日で一気に終わりにしてしまえ!

 

ドリーム・チームと呼ばれ無くなった米国チーム。

シドニーから2年後の2002年の世界選手権にもNBAの選手で参加。

やはりMVPに選ばれるようなクラスの選手は出場しない。

この大会でアメリカはアルゼンチン、ユーゴスラビア、スペインの3カ国に負けた。結果は6位。

NBA選手が参加するようになって初めて優勝出来なかった大会だけでなく、初めてメダルを手に入れる事が出来なかった大会となった。

 

そして2004年のアテネオリンピック。

米国チームのメンバーは2年前の世界選手権よりは良いが、それでも一級クラスの選手は参加を拒否。

それでもダンカン、アイバーソン、ウェイドなど数名のトップクラス選手は参加。センターのポジションはダンカンのみなので不安要素はあったが、オリンピック4連覇は可能と思われた。

しかし結果は3位。予選で2試合負け、決勝トーナメントでも負けて3位となった。

NBAの選手が参加するようになって初めて金メダルを逃したオリンピックとなった。

ここで補足説明をするが、同じバスケットボールでもNBAとNCAA(米国大学のルール)は国際ルールは違う。ファールの取り方もバイオレーションも違う。(バイオレーション=トラベリング等)

この日記を書く前にアルゼンチン対オーストラリアの試合を見ていたが、NBAでは取られないと思われるファールが沢山あった。

これでは国際ルールを知らないNBAの選手がディフェンス出来なくなる。

そして各国のレベルも上がってきている。

80年代にNBAで活躍する外国人選手は少なく、オールスターに出場するのは本当に少なかった。私の記憶ではシアトルのデットレフ・シュレンプス(ドイツ人)くらいだった。

しかし90年代はオールスターに出場する外国人選手が増えた。外国人が各チームの主力にいるのが珍しくなくなった。

彼らは幼少のころに国際ルールを体にしみこませているのでNBAルールとは異なる国際ルールを採用しているオリンピックに参加してもアジャストしやすい。

 

アテネオリンピックの監督であったラリー・ブラウン。私が好きな監督の1人。優等生出身が多いヘッドコーチにあって彼は異色であり、暴れん坊だったアイバーソンを育てた人物だ。

彼がオリンピック監督になった時に

「国際ルールで選手も私も戸惑っている。別のスポーツをしているようだ。」

そのように言っていた。

私は国際ルールで練習したのだが、NBAの試合を見ていると国際ルールであればトラベリングやファールを取られると思われるシーンを見る。最初の頃は見ていて戸惑ったものだ。

 

私が学生の現役時代、ヘタなジャッジをする審判がいた。まあ、我々の行う試合の審判なんて各学校の監督が持ち回りで審判をするので、中にはバスケットボール経験者でない素人がまざっていたりして、そいつがアホな笛を吹く場合がある。

バカでもアホでも素人でも審判は絶対なので、その試合は審判に合わせた試合をしなければいけない。

その審判はトラベリングに厳しいと言うか、なぜに笛を吹くのか理解出来ないジャッジをしていた。

そうなると次の行動に移す時に頭の中で考えなければいけなくなる。そうなると動きが制限される。最初の一歩が遅れる。動きがバラバラになる。

いつもの能力が出せない。

やたらにファールの笛を吹く審判もいた。こうなるとファールが怖くてディフェンスが出来なくなる。

我々の場合は同じルールの中での事なので両チームとも同じ条件だが、オリンピックにおけるNBAの選手は足枷をつけて試合をしているようなものだ。

 

2006年の日本で行われた世界選手権でも米国3位だった。

2002年の世界選手権から3大会連続で落とした。

 

そして今回の北京オリンピックだが、初代には敵わないまでも良いメンバーを揃えている。

選出されたドワイト・ハワードとクリス・ボッシュは2006年の世界選手権にも出場している

カメーロ・アンソニー、 レブロン・ジェームス、 ドウェイン・ウェイドの3人はアテネから3大会連続での出場だ。オリンピックの経験がある。

ブライアントやジェイソン・キッドも出場。

センターが不安材料。センターとしては身長が211cmと身長が低いハワードしかいない。彼の場合は身長を補う身体能力があるのだが、彼が怪我をしたら・・・・・、と考えると怖い。

アメリカはソウル・オリンピックまでは

「オリンピックなんて行きたい奴が行けば金メダルだよ!」

そのような感覚であった。それが通用しなくなった時にNBA選手を投入してきた。

そしてアテネで負けるまでは

「オリンピックなんてNBAの選手を出しておけば金メダルだよ!」

そのような感覚であったが、それが通用しなかったのが前回の大会だ。

米国の良いところであり強みである1つに、欠点を認めて改善する能力が挙げられると私個人は思っている。

これはスポーツのみでは無く、政治など全てに共通すると思う。

今回の米国チームは挑戦者だ。牙を剥きだして勝利を求めてくるはず。

本気の米国チームがどのような試合をするのか?

1ファンとしてはトッテモ興味があるのだ。

北京オリンピックには興味が無い。私が興味あるのは米国バスケットボールチームの試合だけ。

おしまい。

 

私以外にとって面白くないシリーズだったようですが、最後まで読んでクリックをしてくださった方々、ありがとうござました。

80年代から90年代初旬のNBAネタはまだまだ沢山あります。ご希望の方はE-Mailを送付くださいませ。喜んで書かせて頂きます!

 

え!バスケットボールのシリーズは面白かったのに!もっと続けて!と思われた方はクリックした後にE-Mailください。友達になりましょう。
↓↓↓↓↓↓


↑↑↑↑↑↑
バスケットネタは2度と書くな、韓国ネタを書けと思った人もクリック


 

2008.08.17

少しはコスタリカらしい日記を・・・

通常の3倍以上の量をかいたドリームチームですが、そのおかげで仕事がたまっている事ったらありゃしない。

実は2日ほど、ほぼ徹夜。

完徹では無く、たぶん2−3時間は寝ていると思う。

思うと書いたのは、寝ているのだか起きているのだか目をつむっているのだか、なんだかよく分からない状態だからだ。

あれもやらなきゃ、これもやらなきゃ、ウッキー!と頭が混乱。

ベットに入っても「明日早いから寝なくては!、早く寝なくては!」と思うと余計に寝られない。

そんな状態のまま4時起床というかベットから出る。

そしてQuetzalを見てきた。

 

若いオス。この時期にしては尾っぽも長くて綺麗。

 

 

ケツアールの親戚、トロゴンも見られた。
こっちの方がケツアールよりも見つけるのが難しかったりする。

 

少しピンボケだがトビの写真も撮れた。遠〜くにいたのをスコープで近づけ、さらにデジタルズームでドンッ!と倍率をあげての撮影なので難しい。

なかなか満足の1日であった。

このような日記を望む声が多いようですのでサクっと書いてみました。

とりあえず、さわやか自然系が好きな方は応援のクリックよろしく。
↓↓↓↓↓↓

↑↑↑↑↑↑
写真、奇麗だねと思われた人もクリック。

 

 

さて、今日は2本立て。

かな〜り少数であるがバスケットボールネタについて希望もあったのでドリームチームについて補足説明を・・・・。

今回のドリーム・チームが構成されたのは3年前。

3年前に今回のメンバーへ声がかかった。その時の条件が

「3年間、米国チームとして参加可能な事。」

それまではオリンピック前にサクっとメンバーを集めてサクっと合宿をしていた米国。そしてアテネオリンピックではサクっと負けたわけだが、今回は3年前からチーム作りが行われていたのだ。そういった理由から今年優勝のチームからは1人もメンバーに選ばれていないのだ。

オリンピック前のインタビューでレイカーズのコービーが

「我々は金メダルをとる為にやってきた。」

と、このように言いきっていた。

 

今回、米国チームについて熱く書いた私でありますが、別に米国の勝利を求めているわけでは無い。負けても構わないし、負けたら面白いかな〜とも思っている。どこが勝っても気にならない。

男子バスケットボールを数試合見たが、興奮する事も応援する事も無く淡々と見ている。

米国チームの動向が気になるだけ、どこが優勝しても問題なし。

それでもここ数年の商業第一優先主義に白けていたオリンピックや世界選手権に全く興味を持てなかった私にしては大きく違う。

それにしてもクソッタレなコスタリカのケーブルテレビ。米国チームの放送をしなんて、敢えて言わなくてもカスである。

契約を解除してやろうと本気で考えている今日この頃。

米国って3年前からチームを作っていたんだと感心した人はクリック
↓↓↓↓↓↓

↑↑↑↑↑↑
加瀬さん、物知りねと思ったうら若き女子大生もクリック


 

2008.08.18

今日もケツアール

行ってきましたケツアール。

今日はケツアールが木に生っていた。ウジャウジャ。

尾っぽが長くて綺麗なのは1羽だけ。目の周りの毛並みから一昨日に見た個体と同じと思われる。

 

これはキバシミドリチュウハシ。前の方に出て来なかったがギリギリ撮影できた。

 

私のホームページを読んでくださる方々は、私に対するイメージが

仕事大好き!ガイド大好き!喜んで森の中に入っていくような人物を想像している人が多いようだ。

 

また、多くの方から

「旅行が仕事なんて羨ましいですね〜。」

そのように言われる事が多い。

 

もちろん、コンピューターの前に座りビジネスレターなどを書いているよりも100倍は好きなのだが、当たり前だが仕事であり遊びでは無い。

皆が思うような楽しい感覚とは違う。

昔、元日本代表の中田がインタビューで「サッカーは好きですか?」と聞かれた時に

「サッカーは仕事です。」

と答えたのを見たが、今では理解できる。

だからといって今の仕事が嫌いなのかというと、決してそう言うわけでは無い。他の仕事よりも儲けは全然少ないが楽しい。

それは今の仕事が好きなのか、あるいは以前のサラリーマン時代ようにクソやかましいアホ上司がいなくてストレスが堪らないからなのかは解らないが、サラリーマン時代よりも1000倍は楽しい。

ガイドの仕事が入ると「うっしゃ!やったるぜ!」と気合が入るので、やはり好きなのであろう。

そんな私だが嫌いなツアーがある。

それがケツアール1日ツアーだ。

 

ケツアール1日ツアーはSan Jose発が4:30amから5:00amに出発。見つけるのが難しい時期は4:00am出発の時もある。その場合は3:00am起床だ。

ケツアールは時期にもよるが6:00amから8:30amくらいが朝飯タイムなので見やすく、その為にはSan Joseを早朝に出発しなければいけないのだ。

 

ここまで読んだ人で

「加瀬は早起きが嫌いなんだな。」

と、先読みした人もいるであろう。

 

普段の私は目覚まし時計を利用しない生活をしている。

好きな時に就寝。好きな時に起床。

このように書くとニートのような生活と思われるかもしれないが断じて違う。

私の仕事はガイドで客と一緒に周る時を除くとコンピューターさえあれば、いつでもドコでも仕事が出来る。

時間が決まっていないだけに何時間もする事もあれば何にもしない日もある。

好きな時に就寝、好きな時に起床と書いたが私の生活は規則正しい。

夜の9時30分くらいになると自然と眠くなる。眠くなったら歯を磨いて、いつでも寝られる状態にする。

11時頃には「もう駄目!限界だ!」とベットに向かう。

ベットに入ると直ぐに寝付く。私の寝つきの良さはノビ太と似ている。

 

そして朝は5時には目が覚める。

「う〜ん、朝だぁ〜、もう少し寝ていたい〜。」

このように朝が辛い人は多いであろう。私も日本でサラリーマンをしていた時はそうだった。

しかしここ10年、私は朝が一番元気だ。

「新〜しい、朝っが来った!希望ぉ〜の朝ぁ〜だぁああ!」

と、ラジオ体操を始めてしまうくらい元気だ。

 

昔、彼女と一緒にお泊りした時など、

「うっふん、素敵な夜ね♪」

などと彼女が言い終わらないうちからガーガー先に1人で寝てしまう。

そして朝の5時に目が覚める。私自身も元気だが息子も朝立ち元気いっぱいオロナミンCだ。

隣で寝ている彼女にムラムラ。眠くて嫌がる彼女を相手にプロレスごっこを始めると、今思えば最低の男だった。

当時の彼女、ごめんなさい。

 

今も寝起きがいちばん元気は私だが、今は寝起きに隣で寝ている襲う事も無く、コンピューターに電源を入れて仕事を始める。

寝起きが一番頭が動くので仕事が進む。

お腹が減ったら食って仕事。腰が痛くなったり飽きたら仕事を止めて昼寝の後に仕事と、好きな時に自分のペースで仕事が出来る。

 

そのような私なので3:30am起床など全然辛くない。

私がケツアール1日ツアーが嫌いなのは他に理由がある。

過去に何回ケツアールツアーを開催したのかは正確にカウントしていないので解らないが軽く100回は超えている。

100回じゃ足りないと思うが、仮に100回程度だとしても確率は99%を超えている。100%では無いが、なかなかの好成績であろう。

 

見られなかった時の帰りのバスは重くて暗い。

早起きして出発したのに見られなかったのだから皆がガッカリして当然。

あの重圧の中にいるガイドの気持ちが解るであろうか?申し訳ない気持ちでいっぱいなのだ。

「自然が相手ですから!」

と、爽やかにいられないのだ。私はジャイアンのクセに小心者。

 

それ以後、ケツアール1日ツアーの前日は緊張して寝られなくなったのだ。

「見られなかったらどうしよう・・・・。」

不安だったのだ。

 

現在、実は全く不安は無い。それは自信を持って見に行くからだ。

ケツアールは情報戦。出ている場所などの情報を入手しておけば見られる。

 

見られなかった1回だが、これは不運だったと言える。

数日前に同じ場所でケツアールを見ていた事、前日に地元ガイドが「今日も同じ場所で見られたよ。」との情報を得ていただけに楽勝気分は勿論のこと、自分のお客様に

「カメラの準備は忘れないで下さいね♪」

な〜んて期待をさせておいて見せる事が出来なかったのだ。

当日、巣の前に行くがケツアールが現れる様子なし。焦った私は別の場所を探したが、その日のうちにコスタリカを出国する客だったので時間も無く、泣く泣くSan Joseに戻ったのだ。

 

後から分かったのだが、前日の午後にバカ観光客が巣に向かってフラッシュをバンバンたいて撮影した為に親鳥が営巣を放棄。その翌日の我々は見る事が出来なかったという事だ。

その教訓より現在の私はケツアール1日ツアーの前日には少なくとも3ヶ所の目星をつけて行くようになった。

それから見られなかった事は無い。このように人間は成長していくのだ。

 

しかし今もケツアール1日ツアーの前は寝られない。

それは不安で寝られないという事では無い。今は自信満々だ。

 

「明日は早く起きなければ!早く寝なくては!」

このように考えると余計に眠れなくなる。

寝不足のまま出発してケツアールを見てSan Joseに戻るとグッタリしてしまう。本当に疲れる。午後は寝る事も出来ず、しかし頭はボーとしている状態。最悪だ。

そのような理由から私はケツアール1日ツアーが嫌いなのだ。

今も頭がボーっとしていて仕事など出来ないので今回の日記を書いた。

誤字脱字、文章が読みにくいなどあるかもしれませんがご了承ください。

 

 

綺麗な写真ですね!と思った人はクリック。
↓↓↓↓↓↓

↑↑↑↑↑↑
誤字脱字なんて、いつもの事じゃないか!と思った人もクリック。


 

2008.08.19

コスタリカのパイナップル

昨年、コスタリカを旅行された某夫妻より写真が送られてきた。

 

コスタリカ産のパイナップルを使っているようだ。日本のコンビニで販売しているらしい。

コスタリカのフルーツの中で私はパイナップルは好きだ。

パイナップルの色は黄色を想像するが、コスタリカのパイナップルでは白いものがある。勿論、黄色いものもあるが白いパイナップルを見かける。

一見、熟れていなくて不味そうなのだが、これが中々甘い。

本当にウマいのがある。

コスタリカ人は愛国者が多く、たまーにガイドで・・・・・。

「コスタリカのパイナップルは、世界一ィィィイ!」

と、吠えるやつがいる。

私は世界のパイナップルを食べた事はないので比較はできないが、少なくともコスタリカの美味しいオーガニックのパイナップルを食べると砂糖と黄色い着色料がタップリ入ってる缶詰めパイナップルなんぞは食う気がしなくなる。

コスタリカ滞在中、オーガーニックパイナップルを食べてはいかが?

 

コスタリカのパイナップルが食べたくなった人はクリック
↓↓↓↓↓↓

↑↑↑↑↑↑
コンビニでジュースを買いたくなった人もクリック


 

2008.08.28

日本に行ったら立ち寄りたい店

今回はガンダムネタではありませんが、ガンダムを知っていれば通常の3倍は楽しめます。

今後、私の日記を通常の3倍楽しむのであればガンダムを見る事を強くお勧めします。ファースト・ガンダムだけで良いです。

 

昨日は1日、ホテルのツアーディスクに座っていた。

正直に話すと私がホテルへ行くのは週に1日のみ。ガイドとして郊外へ出る以外は殆ど自宅で過ごしている。引きこもりだ。ニートだ。

以前は「飯つれてけ〜。」と甘えてくる可愛い娘がいたのだが、最近の私に飯をたかるのはロリハゲくらいだ。

奴と2人で飯を食うと余計に不味くなる。やはり食事は素敵な女性と行きたいものだ。

何よりもコスタリカの外食に飽きてしまった。かといって家庭料理が楽しみというわけでもないので段々と食が細くなってきているのにも関わらず一向に痩せないのだから不思議なものである。

そんな私が日本へ行くと楽しみなのが食事だ。そして帰国前は、どこそこのレストランへ行こうとネット検索をしている。

きっとコスタリカへ旅行に来る人は、このような気持で検索しているのだろう。

さて、そんな私だが日本へ行ったら行きたい店がある。

場所は大阪だ。

とりあえずチラシを見てほしい。

 

 

 

こ、これは・・・・・。

 

ジオンコウコクと読むのであろう。

 

宇宙世紀007年にオープンしたらしい。

 

チラシには店長からの挨拶がある。

セリフはマ・クベだが店長はランバ・ラルに似ているようだ。

 

このジオン公国・・・じゃなくて慈恩弘国では、どのようなモビルスーツ・・・じゃなくてお好み焼きが生産されているのであろうか?

 

 

座苦焼きはザク焼き、怒無焼きはドム焼きと読むのであろう。

ちなみに下記の絵はファースト・ガンダムに出てくるジオン公国のモビルスーツであるザクとドムだ。

 

他には、どのようなモビルスーツじゃなくてお好み焼きがあるだろうか?

どのようなお好み焼きなのかサッパリイメージがわかない。

普通のお好み焼きもあるようだが、この店で普通のお好み焼きを注文する人がいるのであろうか?

行きましょう!

 

今日の日記を見て行った人、または既に行った事がある人、ご連絡お待ちしております。

 

ジオン公国じゃなくて慈恩弘国に行きたいと思った人はクリック
↓↓↓↓↓↓

↑↑↑↑↑↑
アホだな〜、と思った人もクリック


 

2008.08.29

国内線の欠航

昨日はコルコバードに行く予定だった。

コルコバードへは行く方法は空路と陸路と2つの手段がある。

両方ともメリットとデメリットがあるのだが、時間を短くするのであれば空路の方が良い。

空路の場合はサンホセから出発してパルマール・スール空港かドラケ空港のどちらかへ行き、そこからコルコバードの各ロッジへ行く。

この2つの空港もメリットとデメリットがある。

パルマール・スール空港はアスファルトの滑走路。凄い大雨で無い限り発着陸可能だ。しかし空港からコルコバードへの道のりは長い。

ドラケ空港は各ロッジへの道のりが短い。しかし雨が降ると空港から各ロッジまでの移動途中にある川が氾濫をして到着出来なくなる可能性がある。

 

今回、私が選択したのはドラケ空港だ。最初は午後便を予約していたのだが2日前に航空会社から連絡があり、午後は雨が予想されるので欠便との連絡が入り午前便へ変更。

自宅を出発前に航空会社へ連絡をすると午前便は出発するとの事だ。しかし心配性の私は現地ドラケのロッジにも連絡した。すると

「雨が凄いぞ。本当にドラケに来るのか?」

との事だ。

再度航空会社へ連絡をすると「大丈夫だ!」と言う。

コスタリカ在住10年を超える私は、その言葉を100%信用する事は無いが、今キャンセルしても100%チャージされるだけなので空港へ行く。

空港到着後にチェックインカウンターへ行き確認すると美人なスタッフが「大丈夫だ!ドラケに飛ぶ!」と自信を持って答える。

すると私が経営する旅行会社のスタッフから電話が入る。

「加瀬さん。ドラケ、雨が凄いみたいだよ。本当にドラケに来るのかって連絡が来てるけど、なんて答えればいい?」

定刻通りに飛ぶと航空会社は言っていると伝える。

そして出発ロビーで待っていると航空会社のスタッフが寄ってきた。

ドラケが大雨で着陸不可だからパルマール・スール空港へ変更するが大丈夫かとの確認だ。

そんな事は予想済みだ。OKと答えパルマール・スール空港からの自動車とボートの手配をする。

そしてゲート前で待っているがフライト時間になっても何もアナウンスが無い。スタッフに確認しても「少し遅れている。」との返答。

このあたりから「もしかしたらパルマール・スールも大雨で着陸不可なのかな?」との予想が頭をよぎる。

そして予想は当たった。

フライト時間から1時間過ぎた頃に航空会社スタッフから欠航を告げられる。

私:「どうして1時間も過ぎてから告知するんだ?」

スタッフ:「いま、欠航の連絡が入った。」

下っ端スタッフとやりあっても時間と労力の無駄。さっさと次の方法を考えるのが得策。

すると航空会社が自動車を出すと言う。

しかし自動車を出してもらいパルマール・スールへ行ったところで到着は午後6時を過ぎる。その時間にはボートが出ないのでパルマール・スールで宿泊をしなければいけない。

であれば明日サンホセを出発した方が良い。

私は事情を全て把握してるので、今から陸路で行っても今日中にはコルコバードへ投薬しないと判断が出来る。しかし普通の客なら航空会社の提案に乗るであろうと思った。

今回、サンホセからコルコバードへの移動は私を含めて5人。そして2人のアングロサクソン系白人が居た。

どうやら陸路で行く案に不満ながらも納得しているようだ。

でも、きっと陸路で移動しても今日中にコルコバードへ到着できずパルマールで宿泊となる事は知らないだろう。

少しだけアドバイスをしてやる事にする。

ここで私を親切な人だと思ってはいけない。

過去に何度も書いたが私は自分の客だけを大事にする人だ。スタッフにもその事は強く言ってある。

自分の客にとってメリットにならない事はしない主義だし、する必要もない

私は慈善事業をしているわけでは無い。

白人に声をかけたのには、ちゃんと計算があった。

私は2人のお客さんを連れていたのだが、欠航が告げられた時点で明日は陸路で移動しようと話し合っていた。

また欠航になる可能性がゼロでは無いし、ついでに少し早めにサンホセを出発してケツアールを見る事にしたのだ。

サンホセからコルコバードへの移動だが、少人数の場合は陸路よりも空路の方が安い。

勿論、パブリックバスを利用すれば話は別だが自動車を手配すると3人くらいであれば空路の方が安い。

そして陸路は人数が多い方が1人あたりのコストが安くなる。

この白人2人をケツアールという餌で釣って誘い、私のお客さんの負担を少なくしようと計算したのだ。

100万ドルの笑顔でアングロサクソン系の白人の声をかける。

今日は飛行機が飛ばない事。航空会社が用意する自動車で今から行ってもパルマールで宿泊になるので今日中にコルコバードへ到着できない事などを教えてやる。

航空会社のスタッフはパルマール・スールからコルコバードへの移動状況など知らないので、とりあえずパルマール・スールまで連れて行けばOKと考えている。

事情を説明すると、白人2人は怒りだす。

「我々のコルコバード旅行日程は3泊4日で明日からツアーが入っているので、今日中に到着しなくちゃダメなのだ!」

と言い張る。

だから今日中に移動するのは難しいんだってば。

今日中に到着する方法はある。

今からケポスまで飛び、そこから自動車でマヌエル・アントニオまで行き、、そこからクルーズ船をチャーターすれば今日中にコルコバードへ到着出来るが凄い出費になる。

「明日、我々は陸路で移動する。途中で世界一美しい鳥のケツアールを見るけど、5人で行けばコストが安くなるが自動車シェアしないか?」

と言っても

「今日中にコルコバードへ連れていくニダ!航空会社の責任ニダ!」と航空会社へ猛抗議を始めた。引き下がらない。

そんな抗議をするのであれば今日のサンホセのホテルを手配して、航空会社から欠航の理由を書いたレターをもらい、それを自国に帰ってからサンホセのホテル費用などを旅行保険会社へ請求する方が建設的なのにな〜と思いながらも、自分の客でも無いので時間と労力を使って説得する気にも慣れず、「じゃ、がんばってね!」と声をかけて立ち去る。

で、今回の日記で何を書きたかったかと言うと、雨期の時期にコルコバードへ空路を利用して行くのであれば午前中のパルマール・スール便を利用する事をお勧めって事だ。

時間は必要だが陸路で行くのも方法の1つ。行く途中でサクっとケツアールを見るのも良い方法。

自由旅行者や私の経営する旅行会社以外を利用する人の参考になれば幸い。

 

さて、明日は出発が早いので寝る。

 

加瀬さん、お疲れさまでしたと思われた心優しい人はクリック。
↓↓↓↓↓↓

↑↑↑↑↑↑
参考になるな〜と思った人はクリック。