2010年10月

2010.10.01

モテ期

私の高校時代からの友人に、それはそれは気の毒な容姿をしている男性がいる。仮にMと呼ぼう。

そんなMにモテ期が到来したらしい。

モテ期とはモテる時期の略で、それまで全く女性に縁が無かった男性が、急に女性からモテだす時期の事をさす。

Mは、3人の美女から迫られるという、幸せな状況らしい。

彼曰く、21歳の美女は昔の私の彼女に似ているらしい。もしそれが本当であれば、なかなかの美人である。

27歳の彼女も美人であり、33歳の彼女もそこそこ可愛らしい。

しかしMよ。一回り以上も違うのに大丈夫かな?

私は友人として心配だ。

彼との付き合いは長い。

過去に何度も、やれ結婚するとか、やれ彼女が出来たとか、結婚式に招待するから日本へ来いとか、その度に彼を、どうやって慰めるかと考えたものだ。

しかしながら今回は本当らしい。

明日は、どこどこのレストランに行くとか、カラオケに行くとか、ウキウキしている様子が伺える。

そんな彼を暖かく見守る事にした。

 

そして数日後。

Mは冷静に、客観的に話した。

そこで興味深い話を聞いた。

なんでも、その27歳の女性は、他にも42歳の男性と付き合っているようだが、その付き合いとは2ヶ月に1度くらいで、3万円という代価を男性は女性に支払うらしい。

それって、援助交際と言う名の売春じゃないのか?

おいMよ!説教したんだろうな!人生を舐めるなと、ビシっと言ってやったんだろうな!

 

言わなかったようだ。

黙って聞いていたようだ。

さらにMは、

「こんな美人と3万円でヤレるなら、良いかなって少し思った。」

何を言ってるのだ!、このバカタレが!

横っ面を一発、ひっぱたいてやる勢いでイッテやれ!

 

「勿論、ヤラなかったけどね。」

当たり前だ。27歳にもなって、そんな人生を舐めた女は死んでしまえ。

Mは続ける。

「俺、思うんだけどよ。27歳は援交の誘いだと思うんだよ。」

その通りだろう。それ以外に何かあるのか?

 

さらにMは続ける。

「きっと他の2人も何かあるぜ。宗教かマルチ商法の勧誘だと思う。」

さすがモテナイ期を長く過ごしただけの男だ。全てを読み通し。

 

M、凄いなと思った。

おしまい。

 

 

「加瀬の周りにはモテナイ男がいっぱいだね!」と思った人はクリック。
↓↓↓↓↓↓

↑↑↑↑↑↑
応援のクリック、よろしくお願いします。


 

2010.10.08

サッカー教室

大使館勤務の人に、サッカーがモノスゴク上手な人がいる。何でも以前、スペインでプレイしていたらしい。

今年の5月だったか、なんかの集まりでサッカーをする事になり、彼のシュートを受けたが、それまで受けた、どのシュートよりも威力があった。まあ、私が受けていたシュートなんぞは高校の地方レベルなので比較してはいけないのですけど。

とにかく、ゴールキーパーをしていて楽しい時間だった。

その人が月に1度ほど日本人学校kにてサッカー教室を開き、子供を中心にサッカーを教えている。そこに大人も参加して一緒になって汗を流すのだ。

私はサッカーが大好きというわけではないが、5番目に好きなスポーツである。一番好きなスポーツはバスケットボールであり、それにアメリカンフットボール、空手、柔道と続き、5番目にサッカーがくる。

高校時代、サッカー部の正ゴールキーパーであった大島君(本名)に、くっつき、基本を叩き込まれた。今思うと、やつは高校生のくせにコーチの才能があったなー。

あの時はバスケットボール部のキャプテンであるのにも関わらず、仮入部と言うか、サッカー部の練習にハマり、本気でバスケ部からサッカー部に転身しても良いかなと考えていた。

ちなみに、サッジャー・ワールドカップの面白さを私に教えてくれたのも大島だった。90年の事である。大島が住んでいるところは、電気とガスがやっとこさ開通したような過疎の村であった。水源は井戸水である。

電車は1日に2本通っていたが、奴の家から最寄の駅までは馬車で片道2時間である。

当時、ワールドカップは衛星放送でしか放送されていなかった。大島はワールドカップを見たいが為に、片道3時間もかけて牛にまたがり、過疎の村から我が家へ来ていたのであった。ドイツが優勝した年だった。

 

キャプテン翼が、

「ボールは友達!怖くないよ!」

と言っているが、大島をはじめとする過疎の住人は

「イノシシとクマは友達!怖くないよ!」

と言ってた。

 

 

そんな大島だが、現在は郵便局で働くオッサンだ。今でもフットサルのゴールキーパーをしている。ヘディングのしすぎと思われるが、おでこと髪の毛の境目が完全に無くなっていた。あれではヘディングしても、全てのボールがツルっとすべってしまうだろう。だからヘディングをしないゴールキーパーなんだな。

昔はハゲを気にして、若林源三ごとく帽子を被っていたが、今では完全に開き直り、井出らっきょとなっている。

そんな大島は、この日記を読んでいるようだ。苦情のE-Mailが来るかな?

楽しみである。

どうでもよい大島の紹介で貴重な文字数を使ってしまった。話を元に戻す。

 

青空の下で動くのは気持ちが良い。

しかし私には問題があった。

 

僕の体力は30分しかもたない・・・・・・。

キャプテン翼に出てくる三杉君は、心臓病の為に30分しかフィールドに立てないが、私は肥満の体力不足の為に30分しか運動が出来ないのだ。

やろうと思えば出来るのだが、日ごろ運動をしていない私というか、サッカー教室に参加した大人たちは、殆どが翌日は筋肉痛となる事が安易に予想できる。

私は翌日というか、午前中のサッカー教室が終わった午後から、翌日丸1日と仕事なのだ。

 

それに、たかが30分の練習後、モモやふくらはぎがピクピクしていたのがわかったのだ。仕事の事を考えて休んだ。こんな事は始めてである。

予想通り、翌日は軽い筋肉痛であった。

たかが軽く30分動いただけなのに・・・・・。

 

老いたな、俺・・・・・。

 

おしまい。

 

「友達への配慮が全く無いね。」と思った人はクリック。
↓↓↓↓↓↓

↑↑↑↑↑↑
「大島とかウマちゃんとか、本当に友達なの?」と思った人もクリック。


 

2010.10.16

再インストール

日記を更新しようとホームページ作成ソフトを起動するも開かない。何度やってもエラーが出る。

うーん、どうしたものか・・・・・・。

ネットで対策を探すも、どれも該当しない。どうやら再インストールをするしかないようだ。

再インストールとは、簡単に言うとコンピューターの購入時に戻す作業である。当然ながら、それまで入れたデーターやソフトなどが全て消える。

よって再インストールをする前に、それらの情報を他の場所へ移さなければならない。そして再インストール後は、移した情報を元に戻したり、各ソフトを再度入れなおす事になる。

そういった細々な作業が面倒くさいので数日間は放置した。現実逃避というやつである。

放置したところで、後で必ず行わなければならないのだが、私のモットーというか性格というか性質は

「今日は今日で楽しもう。明日出来る事は明日に行おう。」

である。ちなみに従業員たちには

「今日出来る事は今日の内に行おう。明日は何があるかわからない。」

このように教育している。私は他人に厳しく自分には甘いのだ。

しかしながら、いつまでも放置してはいられない。重い腰を上げて再インストール業務に取り掛かった。

データーといっても、それほど量は多くない。基本的に私はコンピューターにデーターもソフトも必要最低限しか入れない。

コンピューターなるものを活用している割には、あまり信用していないのだ。コンピューターは壊れるもの、動かなくなるものという認識でいるので、いつ壊れても動かなくなっても、再インストールすれば良いという認識でいる。

ついでに、もう1台のVISTAが入ったSonyのVAIOも再インストールする事にした。このPCは新しく来るスタッフ用であり、彼女へ渡す前に綺麗にしておこうと思ったわけだ。

古いPCには何が入っているか解らない。私は以前、友人のタカナオ T氏より中古PCを購入したのだが、それはそれは過去のデーターがギッチリ詰まったものであった。

ウィルスに感染しており、データーが突如飛び出すという恐怖のPCであった。

データーとはエロ画像。普通に使っていると、モニターにエロ画像が突如として出てくる恐怖の品物であった。

当時のスタッフであったツヨシが使っていた。ヤツが女性客に訪問先の写真を見せていた時、エロ画像は突如としてモニターに現れた。

唖然とする女性客に、ツヨシ君はシラっと

「加瀬さんから受け継いだPCですから!」

と答えたそうだ。確かに間違ってはいないが正しくも無い。

当時はタカナオ T氏を恨んだものだが、今となっては懐かしい思い出である。

さて、VISTAが入っているVAIOは新しい女性スタッフが使う予定だ。

タカナオ T氏と同じ過ちを繰り返してはいけない。

品行方正な私は、エロ動画などを見た記憶は多少ある 無いのだが、一応、念の為に再インストールをして初期化しておくのが無難である。

新しい女性スタッフが、仕事中にエロ画像などが出てきたら、今後の信頼関係にヒビが入る可能性がある。

この初期化が大変だ。再インストールにも時間がかかるのだが、その後にサービスパックなど、色々なパックを大量にダウンロードしなければならない。そしてダウンロードした物をインストールするのにも時間を要する。

一度にダウンロードとインストールが出来るのであれば良いのだが、VISTAは、それを何度も何度も繰り返さなければならない。

それに対してWindows7の方はサクっと終わった。本当に早くて使いやすい。

そういうわけで、日記が更新できるようになりました。今日も下らない内容にお付き合いくださり、ありがとうございました。

http://www.goyitours.com/#blog

こちらも更新しております。ごらんくださいませ。

 

 

「友達への配慮が本当に全く無いね。」と思った人はクリック。
↓↓↓↓↓↓

↑↑↑↑↑↑
「大島とかウマちゃんとかタカナオ T氏とか、本当に友達なの?」
と思った人もクリック。


 

2010.10.18

北海道旅行 前準備と1〜2日目

拝啓、ケイコちゃん。

最近、旅行記が読みたいという要望が多いように思われ、北海道へ行った時の事を書いてみようと思うわけで・・・・。

今年5月末、北海道へ行ってきたわけで。

札幌で人に会う用事があった訳で、であれば、ついでに旅行をするのも良い選択だと思われ、でも北海道旅行の情報は持っていないので調べる必要があり・・・・・。

僕は、過去に北海道へ2泊3日の旅行をしており、その時は札幌と美瑛をレンタカーで走った程度であり、もう少し北海道を知りたいと思われ、旅行をする事に決めたわけであり・・・・・・、

ケイコちゃん、北海道は遠いです。

 

北の国からの純君の口調を真似て書いているわけで、読む側も鬱陶しいと思われ、だからこの辺で止めようと思います。

ちなみにケイコちゃんとは、北の国から主人公である純君のガールフレンド。

 

今回は、北海道の東、道東へ行きたい。戦後、ロシアに武力にて不法占拠されている国後島に向かって

「ロスケは北方領土を返せ!」

と怒鳴りたいのだ。

というのは冗談で、なぜに道東へ行きたいかと言うと、それは食べ物。

以前、北海道は帯広在住の方が、お客様としてコスタリカにいらした時に聞いた、彼らの地元自慢話が原因だ。

砂糖や小麦粉の産地なのでケーキが上手くて安い。海があるので海産物が上手いらしい。

とりあえず、札幌へ行くついでに北海道旅行をする事にした。

 

スケジュールを考える段階になり、距離感その他がサッパリ解らず、途方にくれた。

とりあえず地元の人に聞くのが一番と思い、薩来夫妻へ連絡をする。薩来夫妻は、先に登場した人物で、道東の魅了をタップリ好きなだけ話して帰っていった人たちである。

道東の観光スポットを訪ねると、薩来さんは“ロクジ ツアーズ”なる旅行会社を立ち上げ、道東の見所が満載されたプランを作ってくれたのであった。

当初はJRパスという、JR乗り放題パスを使いまくって北海道を巡ろうと考えていたが、北海道を旅行するなら自動車と強く勧められたのでレンタカーにした。

 

今回の旅行予定は下記の通り。

1日目:羽田空港から女満別空港へ移動。宿泊。

2日目:レンタカーにてウトロへ。オトロで2泊

3日目:知床半島など訪問。

4日目:中標津町養老牛へ移動。シマフクロウを見る。中標津町養老牛泊。

5日目:釧路経由で帯広へ移動。帯広泊

6日目:富良野を経由して札幌へ移動。札幌泊

7日目:羽田へ移動。

こんなスケジュールになりました。

 

1日目。

羽田空港より女満別へ移動。午後7時頃に到着すると北海道は寒かった。

昨日まで、私は東南アジアのベトナムにいた。ムンムンと熱気が漂うビーチにて4泊5日のリゾートを楽しんでいたのだ。

そんなベトナムから戻ってきた直後だけあり、東京ですら少し肌寒かったくらいだから、北海道は極寒とは言わないがキツかった。

荷物を明けて、ユニクロで購入したヒートテックと、ロサンジェルスで購入したセーターを着こむ。それで少しは寒さが遠のいた。

空港到着後に宿へ電話をする事になっており、電話をすると10分後に向かえの自動車が到着する。自動車は5月末なのに暖房がついていた。

数日前には雪が降ったが、女満別では当たり前の事らしい。

ケイコちゃん、北海道は寒いです。

 

宿に到着。24時間入浴可能な温泉がある。寒い中での温泉なんて本当に久しぶりなので嬉しい。ビールとアイスを隠して持ち込み、温泉を堪能した。

昨晩は川崎にて、私に水曜どうでしょうとガンダムを伝授した師匠と、その他1名で多いに旧友を深めたこともあり、殆ど寝ていなかった。

あっという間に熟睡。

 

2日目。

宿の人がレンタカー屋まで送ってくれた。そこでレンタカーを借りて、一度空港へ戻る。

というのは、友人が女満別空港へ到着するのだ。レンタカー代を半分出させて、さらに運転をさせてやろうという私の魂胆で何人にも声をかけたが、1人だけ参加してくれたのだ。

しかし勤め人なので長期休暇は難しく、土日を挟んだ4日間のみ、旅行へ同行する事となる。友人はKとしておく。

とりあえずKはハラが減っているようなので、宿の人が美味しいと教えてくれたラーメン屋へ入った。旨かった。

お腹の膨れた2人は一路ウトロへ。カーナビを頼りに進むも、カーナビの使い方が解らずイライライライラする。

その後、自動車を快適に走らせる。途中で、滝があるので立ち止まる。

絶景かな絶景かな。

しかし寒い、本当に寒い。

寒いので近くの土産屋に入ったのだが、そこで素敵なTシャツを発見。

PUMAのパクりものだ。

こちらがオリジナル。

胸にピューマのマークがある。

これが北海道になると・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

くーま。

 

 

クスっと笑った。

その後、あっと言う間じゃないけどウトロへ到着。宿の手配はKに任せていた。なかなか綺麗な部屋でオホーツク海が見える。

明日は知床半島の観光船ツアーだ。

つづく。

 

クリックすると順位が上がります
↓↓↓↓↓↓

↑↑↑↑↑↑
クリックすると順位が上がります


 

2010.10.19

北海道旅行 3日目その1

3日目。

午前中は観光船から、知床半島を観光。

おーろら号という船。まるでエリザベス号のようである(嘘)。

入船するなり、船内は加藤登紀子の知床旅情が流れており、これはツアー中、1度も途切れる事が無く、永遠とリピートされるのだ。

加藤登紀子や、知床旅情が好きな人には堪らないかもしれないが、そうでない私にとっては一種の拷問とも言える。

この歌は頭に残るのだ。

私は始めて知床旅情を聞いたのだが、お蔭様で頭の中から、数日間は知床旅情が消えなかった。

さて、肝心の観光船でのツアーだが、5月末はイマイチであった。時期によっては流氷で美しいらしく、2月がお勧めとの事です。

観光船ツアーは不完全燃焼であった。

 

午後は知床五湖へ。

移動途中でキタキツネと遭遇。

動物園以外で初めて見るキツネである。遠めにはノラ犬のようであった。

車窓からの撮影。

私は、長年疑問に思っていたことがあるのだ。本当にキタキツネは

「る〜るるるるるる〜。」

と呼べば近づいてくるのだろうか?

私はこの時点で、1度も“北の国から”という番組を見た事が無いのだが、“とんねるずの皆さんのおかげです”という番組で、北の国をパクったコントを見た事がある。

そこで蛍を演じる女優だかタレントだかが、キツネを呼ぶ時に

「る〜るるるるるる〜。」

と言っていたのだ。

北の国からを見た事が無い人でも、る〜るるるるるる〜くらいは知っているだろう。ガンダムを見た事が無い人が 

「親父にも殴られた事がないのに!」

を、知っているようなものだ。

 

初めて見たキタキツネは・・・・・・・。

 

 

 

 

汚かった。

る〜るるるるるる〜、と言わなくても寄って来た。

ら〜らららららら〜、でも寄って来た。

何でも寄って来た。

エキノコックスが怖かったので、脅かして追っ払った。

 

そして知床五湖。

20分コース、40分コース、90分コースとあった。当然90分コースを選択。

 

クマが出るらしい。自然のクマは見てみたい。

しかしクマは時速60kmで走るので、かけっこになったら勝てない。

一対一の戦いでも勝てる気がしない。

逃げても戦っても、どうにもならない相手なので、やはり遭遇しないように歌でも歌いながら歩く事にする。

 

湖は勿論、全ての景色は綺麗だった。来てよかった。

そして、私にとって最も嬉しかったのは桜が見られた事。

 

桜の時期に日本へ戻るのは難しく、たぶん15年ぶりくらいに見た桜。

日本の心と言うか、ほっとする。

道北は5月末が桜の季節らしい、来てよかった。

 

水芭蕉も綺麗だった。

水芭蕉を見ると

「水芭蕉ぉ〜の花が〜 咲いているぅ〜 夢見て咲いている水のほとりぃ〜。」

と歌う人は少なくないと思われる。勿論、私もその1人だ。

 

知床五湖のトレッキングは終了。満足であった。

空を見ると、まだ日は高く、やることも無いので羅臼へ行く事にした。

ウトロと羅臼を、知床横断道路が通っている。昨日は雪で通行止めだったのだが、今日は晴れたので通行止めが解除された。

 

羅臼岳が美しい。

道路わきには、少しだけだが雪が積もっていた。

 

小さいが雪だるまも作った、繰り返しになるが5月末である。

そうこうしているうちに、羅臼の町に到着した。

 

つづく。

 

「旅情タップリの素敵な旅行記ですね。」と思った人はクリック。
↓↓↓↓↓↓

↑↑↑↑↑↑
クリックすると順位があがります。応援のクリックよろしくお願いします。


 

2010.10.20

北海道旅行 3日目その2

羅臼に到着。ちょうど良い具合に腹が減ってきた。

どこでメシにしようかと車を流していると、1つの看板が目に飛び込んできた。

 

“北の国から2002遺言 純の番屋”

実はこの後、私は北の国からシリーズにハマってしまい、大好きなドラマとなるのだが、この時点では1度も見た事が無く、全く知らない。

Kも知らない。

そんな北の国からのファンでない私たちにとって、純の番屋とは、

 

 

 

ただのボロ家にしか見えない。

純の番屋が何なのかサッパリ予想もつかないが、とりあえず近づいたのだ。

お好きな人には堪らない場所なのだが、北の国からを見た事が無い私とKにとっては、腹が減っていたので、食堂となっているという一点だけが嬉しかった。

とりあえず中に入る。

食堂内はゴチャゴチャしており、とても落ち着かない造りである。

撮影時や、内田有紀と吉岡の結婚式写真などが、所狭しと乱雑に飾ってある。

北の国からの雰囲気を出そうとしているのは理解できるが、

 

 

 

どうしてウルトラマンや仮面ライダーが飾ってあるのだろうか?

当時は、北の国にウルトラマンが出てくるのだろうと考えたが、後から全く関係の無い事が判明。

純の番屋を食堂として経営している人は、飾りつけや雰囲気造りのセンスが無いと思われる。

味は普通に美味しかったです。

 

純の番屋を後にした我々は、ヒカリゴケと呼ばれる天然記念物を見に行く事にした。

実はヒカリゴケだが、北の国から2002・遺言にて1カット使われていたのだが、旅行時の私が知るわけも無い。

きっとドラマを見た後であれば、

「ここで純君と結ちゃんがデートしてたんだよなー!」

などと、通常の3倍は楽しめたと思われるが、なにも知らない私にとっては、ただの洞窟もどきであった。

今思えば、2002年・遺言を見た後に羅臼へ行ったのであれば、海辺の露天風呂にも入ったろうし、結ちゃんと純君が出会ったコンビニで廃棄弁当を貰っただろう。リンゴをかじって“これも賞味期限切れ”とか行って、舌をペロっと出したことだろう。

北の国から2002年を見た事が無い人にとっては、何の事だかサッパリ意味不明だと思われる。失礼した。

 

2002年・遺言を見ていない我々は、ロケ地めぐりをすることも無く、国後島を見ながら、

私:「ロスケは日本の北方領土を返せ!出て行け!」

K:「そうだ!出て行け!」

今思うと、少し寂しい気がする。

叫び終わった私たちは、羅臼を後にした。

途中でトイレ休憩に立ち寄った博物館のようなところで、シャチ・ツアーの情報を入手した。5月末・6月、つまり今がシャチを見るにはベストシーズンらしい。

シャチは見た事が無い、ぜひ見てみたい。

明日の予定は摩周湖を見た後に宿へ移動するはずだったが、急遽シャチ・ツアーを入れる事にした。摩周湖は時間があれば行くとしよう。

 

つづく

 

「純の番屋なんて羨ましい!」と思った北の国からファンはクリック。
↓↓↓↓↓↓

↑↑↑↑↑↑
クリックすると順位が上がります。


 

2010.10.21

北海道旅行 4日目その1

朝食後、シャチを見る為に羅臼のツアー事務所へ。

事務所には高校を卒業したくらいの、10代後半から20代前半くらいの女性事務員がいた。

私は女性の容姿を、大きく4つのカテゴリーに分けている。

上から順番に、

 

1.美人・可愛いの山。

2.普通の里。

3.ブスの谷

4.腐海

その事務員は、好みはあれど山の住人である。

山の住人だが、少し頭が悪いかもしれない。

彼女にとっては、客をアテンドすることより、TVで流れているプリキュアを見る方が重要らしい。

 

 

 

 

これがプリキュア。

 

プリキュアを見ながら、適当に客へ回答する彼女に話しかけてみた。

私:「プリキュア、好きなんですか?」

彼女:「は〜い、好きですぅ〜。オジさんも好きなんですかぁ?」

好きなわけないだろう・・・・・・・。

頭が悪いので皮肉の1つも通じないらしい。

さっさと用件だけ聞いて離れよう。

 

私:「船はドコから出るのだ?」

女:「あっちの方ですぅ、行けば解りますぅ。」

プリキュアを見ながらの回答であった。

 

さて、言われるがままに、あっちの方へ行ってみた。

さっぱり解らない。

解らないので、見た目が漁師のお父さんに聞いてみた。

漁師のお父さんの船には、我々と同じような観光客っぽい人がいたから、きっとツアー船だと予測したのだ。

もし漁師のお父さんだけだったら、釣船にしか見えないので声はかけなかった。

 

私:「シャチ・ツアーは、こちらの船でしょうか?」

お父さんは、私と目もあわせず、声も出さず、黙って頷いた。

このツアー、大丈夫かな?

 

しかしその後、愛想の良い人が来て、この船がツアー船と判明。さっさと乗り込み、シャチを求めて出発!

船は揺れに揺れ、Kは船酔い一歩手前。シャチは現れず、船内はタルんだ空気が流れる。

そんな時に無線が入る!船長の表情が豹変した!

船長は説明もせずにボートのスピードを上げたのだった。

皆の期待度が高まった。

そしてポイントに到着すると、船長さんが興奮気味に話す。

「あそこにいます!ザトウクジラです。私は5年ほど、この仕事をしていますが、ザトウクジラをココで見たのは初めてです!いや〜珍しいな〜運がいいな!」

船長は嬉しそうだ。頑張ってくれてどうもありがとう。

しかし私はザトウクジラなぞ、コスタリカで何度も見ている。

全く嬉しくないのだ。

私:「あのザトウクジラは子供ですね。まだまだ小さいです。」

クジラに詳しい理由、つまり私の仕事とザトウクジラは飽きるほど見た事を話すと、船長は少し残念そうだった。

私以外にはKを含めて3人ほどの観光客がいたが、K以外の人たちは、別の場所でザトウクジラを見た事があり、さっさとシャチ探しに行って欲しいようだった。Kだけが、それなりに楽しんでいた。

皆で船長に訴え、ザトウクジラを後にシャチ探しに出た。しかしシャチは見られなかった。

見られなかったが、私は個人的に満足。自然が相手だし、見られなかったって事は、また見に来いって事である。

それに船長から興味深い話も聞けたのだ。北方領土についてだ。

ロシアのヘリコプターが、日本の漁船を銃撃した事がニュースになったが、そんなのは日常茶飯事、で今に始まったことでは無いらしい。

死人すら過去に何人も出ているそうだ。

彼自身も、ロシアが勝手に引く国境線を越えたという理由で、4度ほど連行され、国後にある刑務所へ入れられ、理不尽な拷問を受けたそうだ。

船長は、国境に関して日本政府にも問題があると言う。

昔は国後島より3海里までは出向いて漁をしており、ロシア(当時はソ連)も文句を言わなかった。

しかし12海里問題や200海里問題が出た時、日本政府が漁師に、国後島より200海里以内には近づかないように自粛しろと言い出し、それが現在の境界線になってしまったらしい。

船長:「危険を冒してまで、どうして近づいて漁をするか疑問でしょう?」

確かに疑問。

彼は続けた。

「我々だってロシアに撃たれるのを知っているから近づきたくないんですよ。でもね、漁師は魚が取れなかったら死活問題なんです。魚が取れなかったら収入も無くて、結局死ぬしかないんです。だから皆が危険を冒してまで、魚を求めて境界線の向こうへ行くんです。もう少し日本政府がシッカリしてくれたら、死なずに済んだ人が何人いたことやら・・・・。」

その場に行かないと、知る事が出来ない、貴重なお話でした。

シャチは見られなかったが大満足。

羅臼を後にして中標津町養老牛へ移動する事となった。

 

つづく。

 

「北方領土について、もっと日本人は考えなくては。」と思った人はクリック。
↓↓↓↓↓↓

↑↑↑↑↑↑
「女性を容姿で4つに分けるなんて酷い!と思った偽善者もクリック。


 

2010.10.24

北海道旅行 4日目その2

京都には五山送り火がある。

祇園祭と並ぶ、京都の代名詞と言っても良いだろう。

しかし、北海道だって負けてないぞ。

 

 

 

 

そんな素敵な風景を見ながら、一路は旅館に到着。

荷物を置いて、直ぐに摩周湖へ観光へ行く事にした。

まずは裏摩周湖。

薩来さんお勧めのポイントだけあり、人も少なくて素晴らしい。

 

そして、こちらが表摩周湖と言いますか、普通の観光客が行く摩周湖見学ポイント。

摩周湖は、霧の摩周湖と呼ばれている。

綺麗に見ることは珍しいようだが、私達は快晴で綺麗に見る事が出来た。

やはり私の、日ごろの行いが良いからであろう。

時間があったので、土産屋に入った。

目に付いたお土産はコレ。

 

網走刑務所から帰りました ミルクキャラメル。

流水の天使 クリオネ クリームキャラメル。

北海道らしいと言えば、北海道らしい。

肝心の味はと言いますと、刑務所の方は普通のミルクキャラメル。

クリオネは、少しスッパイ感じの、サワークリームみたいな味であった。

はっきり言うと、どこにでもある味であり、わざわざ観光地料金を出してまで購入する物でも無いと、個人的に思った。

 

そして次のお土産。

これは確かに他では見た事が無い、オリジナルな品物であった。

北海道戦士 ホッカイロボ 北の国のロボット達の熱き戦い!

 

 

 

ガンラム。

ラムは羊の事。

ガンダムでは無く、ガンラム。

 

 

ガンラムが出たら、次は安易に予想がつく。

 

 

シャーケ専用マク。シャケらしき物を抱えている。

シャア専用じゃなくてシャーケ専用。ザクじゃなくてマク。

マクとはクマを逆さにした造語だと思われる。

 

ちなみに、このパッケージには

「君は、どのホッカイロボを選ぶか?」

と書いてある。

「君は、生き残ることが出来るのか?」

では無いのだ。

 

あまりのクダラナサに、一人でクスクス笑っていた。

一通り笑った我々は、近くにある硫黄山へ移動。

 

地獄谷って感じ。

 

熱湯がボコボコと沸いている。触ってみたが火傷をするくらい熱かった。

写真では解らないかもしれないが、ここも相当寒い。温泉に入りたくなったので旅館へ戻る事にする。

夕食を済ませ、本日のメインイベントであるシマフクロウの観察に入る。

観察といっても、暖炉が利いた暖かい部屋で茶でも飲みながら、シマフクロウを待つだ。

さすが日本、至れり尽くせりって感じだ。楽なウォッチングだぜ。

このように、温泉上がりの浴衣に袢纏姿で見学する。

このお父さんのように、カメラをセットして待つ人もいた。

お父さん:「アンちゃん達は、内地から来たんかい?」

内地とは、本州など北海道以外の日本を示す言葉らしい。

正確に言うと、私は内地じゃなくて、外地も外地のコスタリカから来たのだが、説明するのも面倒くさいのでハイと答えておいた。

そしてシマフクロウの登場だ。

証拠写真にもならないが、一応掲載する。

普通のデジタルカメラで距離もあり、フラッシュも使えないと、このようなワケのワカらない写真になるのだ。

シマフクロウを観察した後、ゆっくりと温泉に入って寝た。

今日はシャチ・ツアー、摩周湖観光、シマフクロウ観察と長い1日だった。

あっという間に寝た。

つづく。

 

「綺麗に摩周湖が見られて良かったですね。」と思った人はクリック。
↓↓↓↓↓↓

↑↑↑↑↑↑
「ホッカイロボとか、くだらない物を見つけるのが得意ですね。」
と思った人もクリック。


 

2010.10.26

北海道旅行 5日目その1

朝食後に出発。

今日はKが帰る日であり、釧路空港に送らなければならないので少し早めに出発した。

 

途中で釧路湿地帯を見学。

 

日本で初めて地平線を見た、北海道は広い。

 

釧路空港に到着。Kと別れレンタカーを返却。

そして薩来夫妻の到着を待つ。

薩来夫妻は、今年1月に私が経営する旅行会社を利用してくれたお客さんであり、今回の旅行プランを考えてくれた方々である。

道東を旅行したくなったのも、彼らのお国自慢が発端だ。

今回、プランを作ってくれる最中、ぜひ宿泊は薩来家でとのオファーを受けた。

私は固辞した。

お客様だし、そのあたりは一線を引く必要があると考えるからだ。お気持ちはトテモ嬉しいのですが、そこまで甘えてしまうのはどうかと思うわけです。

固辞をしたのだが、薩来さんより

「そんなに嫌なら泊まらなくても良いですけど。」

との、ちょっとすねた文面を頂いた。

いや、嫌なわけじゃないんですけど・・・・・・・。

その後、何度もE-mailでヤリとりしている内に、宿泊させて頂く事になりました。

 

そんな薩来さんが片道2時間もかけて、ご自宅がある帯広から釧路空港まで迎えに来てくれたのです。

片道2時間ですよ?

もうしわけないので、これも固辞したのですが、薩来さんは

「道民にとって2時間の移動は、ちょっとソコまでって感じの距離です。」

結局お願いしたのだが、本当に道民にとって2時間の移動は“ちょっとソコまで”なのであろうか?

初日に女満別空港へ迎えにきてくれた、宿の人にそれとなく聞いたのであった。

彼曰く、2時間くらいは楽勝。札幌まで6時間のドライブとなったら少し遠いかなと感じる距離とのこと。

東京から友人が突然来て、

「いま札幌に来てるから、ちょっと飲みの来いよ!」

などと連絡が入ると、片道6時間かけて行くらしい。当然だが東京からの友人は驚いて恐縮するそうだ。

北見出身の友人にもきいてみたが、同じ回答であった。

道民、凄いな。

 

空港でしばらく待つと、薩来さん(夫の方)がアウディーで颯爽と登場。奥さんは仕事らしい。

薩来さんは某高校の教師をされているのだが、サングラスをかけると、ちょっとアウトローの人に見えない事も無い。893を職業としている人と言われれば、

「はぁ、そうですか・・・・・。」

と、すんなり受け入れてしまうかもしれない。知り合いじゃなかったら、目を合わせないように努力するかもしれない。

しかし笑顔が優しい薩来さんである。サングラスをとれば、柔道の先生に見える。

そんな薩来さんは、帯広への移動途中に幾つか観光ポイントを回ってくれるそうだ。

 

薩来さん:「加瀬さん、アザラシ見たことありますか?」

動物園で見た事はありますが、自然に生息しているものは無いです。

 

薩:「見たいですか?」

動物を見るのが好きな私である。見たくないわけが無い。しかし動物園などで飼育されているのであれば興味は無い。

 

薩:「自然のアザラシですよ。」

私は、波打ち際の激しい岩場にいるアザラシの群れを想像した。

 

アザラシが見られる場所へ連れて行ってもらった。

そこは、私が想像していたような場所では無かった。

 

 

 

普通の港。

流木だと思いきや、

 

 

アザラシでした。

気もち良さそうに寝てました。

せっかくなので、アザラシとツーショットの写真を撮影。

 

 

 

 

 

似てる!どっちが加瀬?とか言うなよ。

言われる前に、先に書いてやったぜ。

埼玉でタマちゃんと呼ばれるアザラシが騒がれていたが、道東ではそれよりも前にアザラシが住み着いたらしい。

しかし道民は騒ぐ事も無く、アザラシなど日常の1コマのようだ。

「なにをアザラシ程度で騒いでいるのだ!小さいのぉ〜。」

そんな感じかもしれないな。

 

さて、時計を見ると昼食頃だ。

薩来さん:「加瀬さん、おなか減ってますか?」

確かに時計を見るとお昼時。少し小腹が減っている。

 

薩:「美味しい店があるんですけど、行きましょうか?」

はい行きましょう。楽しみである。

 

つづく。

 

「地平線が見られる北海道って、広大すね〜。」と思った人はクリック。
↓↓↓↓↓↓

↑↑↑↑↑↑
「アザラシとの写真、兄弟かと思いました。」と思ったバカモノもクリック。


 

2010.10.27

北海道旅行 5日目その2

北海道の産物と言えば?

ヨーグルトやチーズなどの乳製品、カニやウニなどの海産物、ジャガイモやアスパラガスなどの野菜など色々あります。

北海道はケーキの材料となる砂糖、小麦、牛乳など産地であり、新鮮な素材を安く仕入れる事が出来る。

意外と知られていないが、、北海道はケーキが美味しくて安いのだ。

私は日ごろ、ケーキなど甘いものを食べない。

デブだが食べない。

それは、コスタリカのケーキがクソマズイからだ。

ジャリっと砂糖の食感が残る生クリーム、パサパサでポロポロのスポンジケーキ、ただただ甘いだけの味付け、水分が抜けきったフルーツ。

クソマズイのだ。

以前、ケーキ職人がお客さんで来た事があり、コスタリカのケーキを食べたのだが、その時に放った彼女の言葉が忘れられない。

「どうやったらコンナに美味しく無く作れるのかな?普通に作れば良いのに・・・・。」

そのくらいマズいのだ。

 

さて、薩来さんのお勧めは六花亭。

http://www.rokkatei.co.jp/

北海道は帯広を中心とするデザート屋さんで、本店に連れて行ってもらった。

ケーキの王道であるイチゴショートが130円くらいと、ちょっと信じられない料金で美味い。

コスタリカでは好んで食べることの無いケーキだが、結果から言うと私は六花亭にてケーキなど4つ食べた。

 

甘すぎない、口の中でフワァっと溶けるようなクリーム。

柔らかく甘すぎないスポンジケーキ。

サクっと歯ざわりの良いパイ。

素材の味が生きている新鮮なイチゴなどのフルーツ。

ふわっと、口の中でスゥっと溶けるアイスクリーム。

 

最近では函館や札幌にも支店があるらしいが、運送の問題から道東限定のデザートもある。

道東旅行する人は、旅行日程に六花亭を入れたらいいぞ!

 

薩来さん:「美味しいでしょう?」

はい、とても美味しかったです。

 

薩:「この先に、ワッフルが美味しい店があるのですが、食べますか?」

いや、ちょっとお腹一杯で入りそうもありません。

 

薩:「色々な種類のワッフルがあるんですよ。」

ほう、それは興味深い。

 

薩:「しかも美味しいんですよ。」

・・・・・・・・・・・・・・。

 

薩:「妻から頼まれていますので、とりあえず行ってみましょう。」

そうですね、とりあえず行きましょうか。

 

とりあえず行った店は、クリームやチョコレート、イチゴや抹茶など種類が豊富な店だった。

満腹で食べられるとは思えなかったが、それら色とりどりのワッフルを見たとたんに、胃袋に隙間が出来た感じがした。

とりあえず2つ食べといた。

あんなに満腹で、しかも甘いものが嫌いだったのに、人間の体って不思議だにゃー。

 

お腹が膨れた我々が、次に向かったのがビート資料館。

河村隆一や木村カエラの歌(BEAT)や、マイケルジャクソンのビート イット(Beat it)、ジョジョの奇妙な冒険の波紋ビートなど、ビート関係を集めた世界でも珍しい資料館である。

当たり前だが嘘である。

ビートとはテンサイという野菜であり、テンサイの別名はサトウダイコンと言う。

薩来さんがコスタリカにて、北海道には砂糖の原料となるダイコンがあると言っていた。

砂糖の原料になるダイコン?

なんだそりゃ?

ダイコンは辛いだろう?

興味を示した私を薩来さんは覚えていてくれたのだろうか?

そんなビート資料館へ連れて行ってくれたのだ。

サトウダイコンと呼ばれるが、グループとしてはダイコンでは無くホウレンソウの仲間。

砂糖の原料は、沖縄など暑い場所ではサトウキビ、北海道など緯度が高い場所ではサトウダイコンになる。

サトウダイコンの原産はカスピ海周辺。初めて日本に初めて入ってきたのは8世紀に中国より。当時は薬として扱われていたらしい。

サトウダイコン1つから約70gの砂糖が取れる。さらに残り汁からグラニュー糖も作られ、葉は家畜のエサになり、搾リカスはパルプとして建築材料などに使われているらしい。

北の国からを見ていると、カブに似ている不思議な野菜の収穫風景が見られるが、それがテンサイである。

また1つ、私の雑学知識が増えたのであった。

 

薩来さん:「次は、どこに行こうかな〜。」

薩来さんは、携帯電話にて、どこかに電話をかけたのであった。

 

つづく

 

「ビートのところ、勉強になりました!」と思った人はクリック。
↓↓↓↓↓↓

↑↑↑↑↑↑
「六花亭に行ってみたい!でも4つは食べすぎ。」と思った人もクリック。


 

2010.10.28

北海道旅行 5日目その3

薩来さん、この時間から観光が出来る場所を、奥様に尋ねている様子だ。

奥さんが指定したのは、ばんえい競馬であった。

ばんえい競馬とは、世界で唯一、北海道は帯広だけで行われている競馬である。

通常の競馬とは違い、重りを載せたソリを馬が引くという、速さと力強さを求められるのだ。

コースは一直線だが、途中に障害物というか小山があったりする。その手前で馬が止まり、息を整えてからリスタートするのも特徴だ。

途中で疲れてしまって動かなくなった馬もいたりと、なんともホノボノとした競馬である。

 

写真で見ると迫力を感じるが、実際は人が歩いた方が速いくらいのスピードである。

私は馬を見るよりも、

人を見ている方が楽しかった。

「よし!こい!こい!こい!こいぃぃぃいいいい!」

叫ぶオジさんがいた。

これまでの人生で馬券を買ったことは1度だけあり、18才の時に友人へ連れられて浅草の場外競馬場に行ったのみ。

実際に競馬場へ足を運んだのは今回が初めてだ。

私自身はギャンブルをする事は、仲間内で小額を賭けたマージャンぐらいで、それすらここ暫くはしていない。

自分はやらないが、ギャンブルをする人を非難するつもりも無く、趣味の範囲というか、遊びの範囲で行っている人は全く問題が無いと考えている。

しかし借金までしてハマっている人は頭が悪いバカだと思っている。

そして私は自分の性格を熟知しており、ハマってしまう可能性が高いので、ギャンブルには手を出さないようにしているのだ。

でも今回は、せっかくなので馬券を買ってみた。

シートに自分の予想を書いて、それを自動販売機みたいなのに金と一緒に入れると馬券が出てくる。それを手にして熱くレースを見守った。

競馬場に到着したのが遅かったので、最終レースを含めて2レースしか賭ける事が出来なかったが、結果から言うと最初のレースで5000円ほど負けて、最終レースで4800円ほど買った。差し引き200円の損失であった。

最初に大当たりをして、ギャンブルにハマってしまう人も多いんだろうなと思いながら、競馬場を後にした。

競馬場の後に、仕事を終えた薩来奥様と合流。我々が向かったのは満席の焼肉屋であった。

私は日ごろ、コスタリカにて焼肉を食べる事は殆ど無い。肉が好きで無いというのもあるが、それよりもなによりも、コスタリカで食べる肉が不味いからだ。

今回、連れて行って頂いたのはジンギスカン。羊の肉である。

私は羊の肉に対して、臭くて硬くて食べにくいイメージしかない。実家の近くにある牧場で食べたジンギスカンが、そういう感じだからである。

しかし帯広のジンギスカンは違った。臭くない、柔らかい、脂でベタベタしていない、さっぱり味であった。

もう、これ以上は食べられないと言う状態で店を出たのであった。

店を出ると薩来さん、

薩来さん:「コスタリカでも話しましたけど、美味い寿司屋があるんですよ。」

私にとって握り寿司は別腹だ。満腹であれどカウンターの前に座れば、不思議と一貫、二貫とイケてしまうのだ。

女性にとっての、デザートは別腹と同じです。

とりあえず寿司屋へ。

 

クラシックな通りである。

寿司屋の暖簾をくぐると、そこは昭和だった。30年くらいタイプスリップした感じで、なにかこう、懐かしいのだ。

狭い店の中で、ご主人と思われる人が1人で横になっていた。私たちの姿をみると、面倒くさそうに起き上がりカウンターの中に入っていった。

ネタケースには海老、ウニ、マグロ、イカその他、新鮮なネタがズラっと並んでいる。

そしてお味の方は、結果から言うと私は15貫くらい食べた。満腹の状態で15貫という事は、そのくらい美味しかったと言うことである。

そして驚くのが値段だ。

ネタにもよるが、いまどき一貫70円。回転寿司より安いのだ。

安さの秘訣は仕入れの安さと人件費らしい。ご主人が市場で買い付け仕入れをして、そこから仕込み、片付けと、全て1人で盛りきりしているので、その価格で経営できるとの事。

グルメ雑誌より何度も取上げさせて欲しいとの問い合わせがあったが、面倒くさいからという理由で断ってきたそうです。

薩来さん、良い店を知っているなー。また行きたい店となった。

 

もう、これ以上は入らん!という状態の我々が向かったのがモール温泉。

モール温泉とは、植物性腐食質などの有機物が多く含まれている。

植物性腐食質などの有機物なんて言われても、よくわからない人が多いと思われる。簡単に言うと石油になる一歩手前の状態って感じ。

湯の色は黒っぽく、なんとなく石油を連想させるお湯で、肌がスベスベになりましたとさ。

明日は帯広を出発。

帯広、一泊では勿体無い場所であった。

薩来さんが言うには、本当の北海道を知りたいのであれば2月の極寒時期がお勧めとの事。雪かきや屋根の雪下ろしなどを経験した後、吹雪の中で温泉に入り、体はポカポカだけど髪の毛やマツ毛が凍る体験が出来るとの事だ。

いつか機会があれば挑戦したいものです。

 

つづく。

 

「食いすぎだから。」と思った人はクリック。
↓↓↓↓↓↓

↑↑↑↑↑↑
「道東に行きたい!」と思った人もクリック


 

2010.10.29

北海道旅行 6日目その1

今日も晴天。

今日は札幌まで移動するのだが、薩来夫妻が自動車で送ってくれる。

帯広−札幌は自動車で移動すると、寄り道をしないで所要4時間。

4時間ですよ?

しかも今回は富良野を経由して行くので、さらに移動時間は増えるのです。

最初は、私自身でローカル線を利用して移動する予定だったのだが、薩来ご夫婦のご好意に甘えたのだ。

では、どうして富良野経由なのか?

これは、数ヶ月前のコスタリカで話した事が発端である。

さて、ここから書く事ですが、北の国からというドラマを見た事が無い人にとっては、あまり面白くないかもしれませんので、最初に断っておく。

 

ツアー中に北海道出身の薩来さんに、北海道に生息する動物について質問した。

「本当にルールルルと言えばキタキツネが寄ってくるのか?」

ドラマの中で蛍ちゃんというヒロインが、幼少時代にキタキツネを餌付けするシーンがあり、キタキツネを呼ぶ時にルールルルルルと声をかけるらしい。

らしいと書いたのは、私はドラマを見た事が無いからだ。

私の周囲には、ウマちゃんを筆頭に北の国からファンが沢山いた。

やれドロのついた1万円札は感動したとか、中ちゃんが奥さんの癌について語る時の演技は本当だったとか、正吉君は男だとか、その他にも色々聞かされており、見た事も無いのに断片的だが知っている。

ウマみたいな感性のカケラも無い男に、面白いと勧められても見る事は無いが、本当に多くの人が良いドラマというのだから、きっと素敵なのだろうとは思っていた。

実は以前から見たいとは思っているが、私は自分の性格を熟知しており、一度面白いと思うと、熱中して仕事を放棄するのは安易に予想できるのだ。

そんな薩来ご夫妻は北の国からが好きで、全てDVDを持っており、それをくださると言ってくれたのだ。

迷って迷った末、では機会があればという事にしておいた。

そして、その機会は昨夜であった。

昨夜、北の国からシリーズを、全て頂いたのだ。

TVドラマシリーズが第1話から24話もあり、さらに2時間スペシャルみたいなドラマが8つもあるのだ。

全てを見るとなったら、一体何時間必要とするのだろうか?

幸いなことに?私はこれから、日本を北海道から九州まで、国内線と新幹線を利用して移動しまくるので、移動時間に見る事が出来る。

そういう流れから、北の国からの中心舞台となる富良野に行く事となったのだ。

朝食後に帯広を出発。

 

ここ、日本なんだよな。

移動途中で事故があった。

私たちの後ろを走っていたのだが、トンネル内で無理な追越をしようとした自動車が接触事故を起こしたのだ。

後ろから、グァジャン!という音がしたのだ。

トンネルを抜けると避難所のようなところへ、バスと自動車は停車した。我々は、バックミラーでそれらを見ながら、先に進んだのであった。

加瀬:「どうやって事故したんでしょうね?」

薩来夫:「そうですね、気になりますね。」

加:「確かに気になりますね。」

薩:「見に行きましょうか?」

加:「見に行かないと駄目でしょう。」

わざわざUターンをして見に行ったのであった。我々の行動に奥様は少しあきれ気味というか、小学生の悪ガキを見守る女教師のようだった。

 

自動車が停車してある場所に行く。

加:「いやー、空気が良いですねー。」

薩:「気持ちよいですねー。」

加:「あと、帯広まで何時間ですか?」

事故を見に来たと思われないよう、わざとらしい会話が行われた。

自動車だが、アウディーの左側がボッコリとへっこんでいた。どうやら観光バスと家族旅行をしているアウディーが接触したようだ。

自動車の破損状況では状況がわからないので、さりげなく若くて綺麗なバスガイドに聞いてみたのだが、教えてくれなかった。

まあ、人身事故でもないし、不幸中の幸いでヨシとしよう。

薩:「あれ、修理費で50万はするな、ご愁傷様。」

保険がおりるといいね。

 

我々は安全運転となり、無事に富良野へ到着したのであった。

最初に連れて行かれたのが、スーパーマーケットだ。

今では北の国からシリーズを、軽く5周くらい見た私なので、ここがツララちゃんが勤めていたスーパーとすぐに解るが、当時の私には普通のスーパーにしか見えない。

薩来さん:「加瀬さん、ここポイントです。とりあえず写真撮っといてください。」

加瀬:「はぁ〜。」

こんな感じである。

 

薩来さん:「ここも外せませんよ!撮っといてください!」

加瀬:「・・・・・・・・・・。」

こんな感じである。

 

ちなみに、ここは確かに北の国からファンとしては外せない場所である。

富良野は楽器です 奏でるのは あなたです 倉本聡

 

ここもファンとしては涎が出るポイントだが、知らない人にとってはボロいソバ屋にしか見えない。

強風がきたら、吹っ飛ぶんじゃないかな?北海道は台風が無くてよかったねと思ってしまうくらいのボロ屋だ。

そして我々は、メイン中のメインである、麓郷へ移動したのであった。

そこは北の国からだった。

 

 

「北海道旅行記、長いね。」と思った人はクリック。
↓↓↓↓↓↓

↑↑↑↑↑↑
「普通の旅行記ですね。」と思った人もクリック。


 

2010.10.30

北海道旅行 6日目その2

富良野の麓郷は北の国。最初に行ったのが拾ってきた家。

薩来さんが、どうして“拾ってきた家”なのか説明してくれた。

田中邦衛が演じる五郎さんが、廃材や粗大ゴミなど拾ってきた物で作った家なので、拾ってきた家と呼ばれるのだ。

私は口に出さなかったが

「作ったのは田中邦衛じゃなくてスタッフだろう。」

と思った。

 

薩来さん:「中を見ていきますか?」

私:「いや・・・・・・、まだ次回で・・・・・・・。」

いったい、次回がいつあるのだろうか?
宇宙人の家のようだし、全く興味が無かったのだ。

ちなみに現在、中を見なかった事を後悔してます。ここで雪子さんが生活していたんだな〜。

 

次は丸太小屋。

「純君が火事にしちゃった丸太小屋だな・・・・。」

今であれば分かるのだが、当時は素敵な山小屋にしか見えなかった。

 

次は87年初恋に出てきた家。

屋根がトタンのボロい小屋。屋根にアンテナのようなものがある。

薩来さんはアンテナのようなものを指差した。

薩来:「加瀬さん!あれを撮影してください!」

加瀬:「はぁ・・、あれって重要なんですか?」

薩来:「すごく重要です!」

 

宇宙人と交信に使うアンテナだろうか?意味が解らない。

 

ボロ小屋の入り口には看板があった。

建物だけじゃなく、看板も老朽化している。

加瀬:「中に入っちゃ駄目との事ですので、次に行きましょうか?」

しかし、既に薩来さんは中に入っていた。

蹴り1つで崩れ落ちそうだ。怖くて2階には上がれない。

そしてセピア色に変わった写真が幾つかあった。

今であれば、アンテナは純君が作った風力発電。

小屋の内部を見れば、酔っ払った五郎さんがレイちゃんに毒づくシーンが思い浮かぶ。

写真は1枚目が、純君が東京に旅立つシーン。2枚目は、中学校で新宿さんにドヤされる純君と分かる。

つくづく、先に北の国からシリーズを見とけば良かったと思う。

 

次に我々が向かったのは、石の家であった。

素敵な感じだ。

家へ行くには迂回をする必要があり、途中に小屋がある。

五郎さんの炭焼き窯。

ドラム缶で炭作りの実験を重ねたあと、本格的な炭窯をつくり炭焼きを始めました。炭作りの原料木材が炭になる時に出る木酢液を採取し、濃さを調整して畑に利用しています。

 

へぇ〜。

木酢液とは何だろうか?

有機栽培で使うんだろうか?

どんな効力があるのだろうか?

興味津々である。

薩来ご夫婦は農業高校の先生だ。ぜひ木酢液について教えてもらおう。

加瀬:「薩来さん、木酢液とは何ですか?あれ?薩来さん?」

 

 

 

 

 

隣にいると思っていたが、遥か彼方へ。

慌てて後を追う私。

薩来ご夫妻は石の家が2回目との事だが、以前来た時は冬であり、雪の為に近寄ることが出来ず遠くから見ただけだった様子。

中を見るのが今回が初めてなので、彼ら自身も楽しみなのだ。

初めて石の家を近くで見た我々3人である。

薩来夫:「おおっ・・・・。」

薩来妻:「わあっ・・・・。」

加瀬:「・・・・・・・・・・・。」

ファンと、そうでない人ではリアクションが全く違う。

アメトークで、アニメ話についていけないオカッパ頭の気持ちが理解できた。

 

 

薩来さん:「加瀬さん、そこで風呂を沸かしてください。」

よく分からないが、とりあえずやってみた。

 

次は家の中に入る。

薩来さん:「そこの畳で、酔っ払ってグダまいてください。」

北の国からを見たことが無い私でも、五郎さんの物マネは何度か見た事があるので、五郎さんが酔うシーンを想像してみた。

 

 

 

 

 

自分で言うのもなんだが、見た事が無い人とは思えないくらい、口の開け方とか、特徴をつかんでいると思う。

 

 

風呂だ。

薩来さんに、裸になって入れと言われたらどうしようと思ったが、さすがに言われなかった。

今となっては、裸になって入っておけば良かったと思っている。

さて、石の家の内部だが、

 

 

乱雑であり、何をドコから撮影してよいのかサッパリ分からん。

それを察してか、薩来さんは私のデジカメをつかみ、おもむろに撮影をする。

 

    

   

薩来さんのショット。

今思うと、確かにポイントを抑えた撮影であった。

ここで小さな疑問が発生。

石の家と言うが、全てが石なんろうか?

 

 

 

 

 

後ろ側は材木だった。

そりゃそうだよな、石を積んだら大変だし危険だよな。

でも、だったら石の家じゃなくて、土台や壁の一部に石を利用した家だよなと思いつつ、それじゃドラマとして格好がつかないのも分かる。

石の家と石を素材の1部に使った家ではインパクトが違う。

それに、全て石で作ろうと思ったら、スタッフさんも大変だろう。板をベタベタ貼り付けた方がコストも安いはずだ。

つい斜めから見てしまう自分が嫌になった。ここは純粋に北の国からを楽しもうと思い直す。

加瀬:「薩来さん、とても素敵な家ですね。」

 

 

 

 

 

 

 

遥か遠くに行っていた。

小学校の時、こうやって置いていかれる年下の子供っていましたよね?

 

北の国からロケ地巡り、まだまだ続きます。

つづく。

 

 

「北の国からのロケ地巡りなんて羨ましい!」と思った人はクリック。
↓↓↓↓↓↓

↑↑↑↑↑↑
「本当に普通の旅行記ですね。」と思った人もクリック。


 

2010.10.31

羽田空港発着の国際便が就航

北海道旅行記は小休憩。

 

本日10月31日、羽田空港からの国際便を32年ぶりに運行を再開した。

チャーター便は飛んでいたので、正確には国際定期便の再開と書くのが正しい。

更に言うと、32年ぶりでは無くて8年ぶりだ。

チャイナエアラインとエバーグリーンという台湾系の航空会社(以下キャリア)は、2002年まで羽田-台北の路線を飛ばしていたからだ。

どうして台湾系キャリアだけが、羽田空港を利用していたのだろうか?

これは政治的な問題でして、簡単に説明すると中国政府が日本政府に、台湾系キャリアを成田空港に入れるなと圧力をかけていたからだ。

中国の愚行のおかげで、台湾系キャリアは四半世紀も羽田空港発着の国際便を独占できるという恩恵を得られたのだ。

羽田-台湾しか就航できなかったのだが、羽田発・台湾経由・ハワイ行きなどの路線を作り、それはドル箱のウハウハであった。

そんな台湾系キャリアの特殊な状況を除いて考えると、羽田空港から32年ぶりの国際線再開となるわけだ。

私は子供の頃、父が羽田空港発着便を利用して海外に行っていたのを記憶している。何度か父の会社同僚を羽田空港まで迎えに行った事も覚えている。始めて食べたスパゲティー・ナポリタンは羽田空港内の食堂だった。

話を戻すが、現時点での羽田発着便の就航先の都市は、アジア方面がソウル・北京・上海・香港・台北・バンコク・シンガポールの7都市。

北米方面がホノルル・サンフランシスコ・ロサンジェルスの3都市。

ヨーロッパがパリの1都市。

まだまだ成田空港と比較すれば少ないが、これから増えていく予定だ。

ヨーロッパ方面はロンドンが来年度より運行を予定しており、ドイツ(都市未定)・アムステルダムも候補先としてあげられている。

北米方面はバンクーバー・ニューヨーク・デトロイト・ロサンゼルスの4都市が来年より運行開始予定。ロスは全日空とデルタ航空の競争になるので低価格になることを期待している。

アジア方面はクアラルンプール・コタキナバルが今年中に、ウラジオストクが来年から運行予定。

私個人としては、ロサンゼルス便が最も興味の対象となっている。

ロスからコスタリカは近く、ロス-コスタリカの直行便または、それに近い便が就航しているので、それを繋ぐと日本-コスタリカの距離が近くなる。

羽田発着による行きやすさは勿論の事、出発が夜中なので就業後に空港へ移動して、そのまま出発など頑張ると、最大1.5日間もコスタリカでの滞在時間が増える事があげられる。

復路でトランジットの為のアメリカ泊が必要なくなるのも嬉しい。

http://www.japancostarica.com/Arrangement/Air_ticket.htm

まとめてみました。興味がある人はご覧ください。

 

さて、そんな就航が始まった羽田空港だが、こんな記事を目にした。

 

1番機競争、日航制す 全日空出発は3分後 羽田国際定期便

2010.10.31 14:37

羽田国際定期便の1番機はどっちか−。日航と全日空が30日から31日にかけ、歴史に残る初便の座をめぐり火花を散らし、両社が激しい争いを繰り広げた。最終的には日航が勝利、社員らは満面の笑みを浮かべた。

 両社の定刻出発時間はもともと、ともに31日午前0時5分。日航がサンフランシスコ行き、全日空がロサンゼルス行きだった。

 ところが、全日空が午前0時発に繰り上げ。後れを取った日航が1954年、国内航空会社として初めて国際線を就航させたのは同じサンフランシスコ便。プライドをかけ、譲れない日航は30日午後11時42分に駐機場を出る離れ業を繰り出し、31日0時4分には離陸した。全日空も遅れじと午後11時51分に動きだしたが、離陸は0時7分。3分で涙をのんだ。

どっちが1番最初に飛び出すのが、そんなに重要なのだろうか?

日航は、もっと全日空に勝たなければいけない事が沢山あるのでは?

 

まあいいや。

羽田発着便の就航により、コスタリカ旅行客が増えれば良いな〜と期待する私でした。

おしまい。

 

「お客さん、増えると良いですね。」と思った心優しい人はクリック。
↓↓↓↓↓↓

↑↑↑↑↑↑
「エアーチケットをまとめたページ、よく出来てる。」と思った人もクリック。