2013年7月

2013.7.1

学習能力

数ヶ月前の事だが肉離れをした。

正確に言うと、今年の2月頃に肉離れをしたが正しい。

何をして、肉離れをしかというと、ちょっと格好悪いのだが・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小学生および中学生相手のドッチボールである。

日本人学校で、大人対子供のドッチボールを行うレクリエーションである。

子供相手だし、まあ、遊び遊びと、まともに準備運動をしていなかった私である。

3試合で、先に2勝した方が勝ちというルールだ。

別に負けてもいいし、子供に花を持たせてやろう。

大人チームは私が1−2番目に若いくらいの年齢構成である。
年齢高すぎ。

当然だが、いつも遊んでいる子供相手には適わない。

 

第一試合は大人チームのボロ負けであった。

まあ、当然といえば当然だ。

第二試合が始まる前に、校長先生が私に伝える。

校長先生:「加瀬さん、大人の強さを見せてあげてください。」

私:「つまり手加減をするなと言うことですが?」

校:「そうです、ギッタギッタにやってください。」

私:「校長先生、それは少し大人気ないのではないでしょうか?」

校長:「いいんです、勝てない事を理解するのも教育です!」

私:「そーですか、それじゃあ、やってみますか。」

 

それからの私は、小学1年生は除いた、小学生および中学生を相手に、ジャイアンのごとくギッタギッタのメッタメッタにガンガンぶつけた。

子供達:「加瀬さん、大人気ない〜。」

加瀬:「ええい!勝負の世界は厳しいのじゃ!」

試合結果は2勝1敗で大人チームの勝ち。

この時点で終わりの予定なのだが

子供達:「加瀬さん、もう1回!もう1回。」

私:「駄目駄目、もう無理、限界。」

子供達:「そんな事を言わないで、もう1回だけ、お願い!」

私:「加瀬さんじゃなくて、先生とか他の大人に聞きなさい。」

先生:「時間はあるので大人たちがOKなら出来ますよ。」

こっちは息も上がってゼーゼーである。

そのように、もう無理と伝えるのだが、アンコールがうるさい。

そういうわけで、もう一試合する事になった。

そして最後の試合、容赦なく投げたその瞬間。

“ピキピキ”

という感覚が、左足のふくらはぎに走った。

痛いのだが、歩けない事は無い。

ちょっと吊った程度、その時は、そう思った。

とりあえず氷で冷やして様子を見る。

すると歩けるようになる。

体育の先生が

「加瀬さん、それ絶対、肉離れかもしれませんよ、安静にして下さい。」

と言っていた。

 

実は翌日、バスケットボールの試合があり、その日は軽くフォーメーションなど約束事を決める日であった。

止めときゃ良いのに、静かに大人しくしておけばよいのに、フォーメーションの確認だから、まあ、ついつい動いてしまったのだが、

今度は“ブチブチ”という嫌な感触。

 

 

 

翌日は松葉杖を付いて、審判をする私であった。

 

翌々日に診察へ行くと、軽くは無いけど重傷でもない肉離れと診察される。

それが今年2月の話。

それから約3ヶ月は大人しく過ごす。

そして6月初め、体育館で軽く汗を流し足の調子も良かったので、徐々にというか、5割程度で、1人黙々とリングに向かってシュートを打っていた。

調子が良い、痛くない。

これならちょっとやれるかな?

と思い、これも7割りくらいでジャンプシュートをしたのだが

“ブチブチ”

あ、まただ。

また、同じところだ。

またやっちゃったーー。

でも今回は軽く、1週間過ぎたのだが、もう普通に歩けている。

以前は1週間過ぎても痛くて歩けなかった事を考えると、軽い。

軽くてよかった〜、とヒトコに話していると、

ヒトコ:「これ、読んでください。」

http://www.japancostarica.com/blog/2008/05.htm#080529

2008年の日記である。

ヒトコ:「加瀬さん、5年前にも肉離れをしていますよ。」

ほんとだ、スッカリ忘れていた。

 

ヒトコ:「当時も歳だからとか、気をつけようとか言っていますけど・・・・・。」

ヒトコ:「今も全く同じ台詞を、毎日聞きますよ。」

ヒトコ:「全く同じ事を繰り返したのですね。」

そしてボソっと、

ヒトコ:「学習能力、無いですね・・・・・。」

 

ヒトコは一言多いのだが、言っている事は合っているので言い返せない。

おしまい。

 

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2013.7.10

ちょっと死ぬかと思った

仕事で海の方へ行った。

本当は同日にサンホセへ戻ってくる予定であったが、目的地への到着が遅れてしまい、その日の内にサンホセへ戻る事も可能ではあるが、確実に夜中になるので一泊する事にした。夜中のドライブは危険なのだ。

翌日、朝食後にサンホセへ戻るのも勿体無いので、午前中に1時間のみビーチで過ごす事にした。もう齢40を超えた私にとって、ビーチはMAX1時間で十分。

ビーチには人が殆どいないので、海水浴には素晴らしい。

でも遠浅の海は引き潮で流れが強く、少し岸から離れると離岸流があると思われる。

危険と判断して、さっさと海から出た。

離岸流とは、海岸から沖に向かっての流れの事で、海難事故の大きな原因の1つである。

ウィキペディアでは離岸流について、下記のように書いてある。

 

離岸流による事故

遠浅の海岸を中心に発生しやすいため、海水浴客が知らず知らずに巻き込まれ、沖合に流され事故となるケースがある(例:流されたビーチボールや浮き輪を追いかけて知らず知らずに沖合に流される。技術の未熟なサーファーが流れに巻き込まれ沖合に流される。シュノーケリングで海中の景観に気を取られている間に沖合に流される等)。

離岸流の速さは秒速1mを超えることもあるとされており、巻き込まれたら流れに逆らって波打ち際へ戻ることはまず不可能で、離岸流に逆らって泳ぎ切ることは、水泳のオリンピック選手でも困難と言われている。一般的に離岸流に逆らわずに海岸線と平行方向(流れに対して直角方向)へ泳ぎだし離岸流から脱出してから海岸に向かえばよいと言われているが、実際に離岸流により沖合に流されるとパニックとなりそのような冷静な判断は難しくなる。沖合では僅かに高い波も漂流者の視界を奪い方向感覚が掴めなくなり、自分が流されている方向すら分からなくなる。複雑な流れにより急に波浪が高くなることもあり、海水にもまれそのまま溺死してしまう可能性も高い。

 

離岸流は、とても恐ろしいのだ。

 

実は私、過去に1度だけ流された事がある。

スクーバダイビング中に、海の中でバディーが流されてしまったのだ。

水中に限らず流された場合、流れに逆らって泳ぐのでは無く、進行方向に向かって横に(直角)泳げば脱出できる事が多いのだが、その人は初級者であった為に、元の場所に戻ろうと一生懸命泳いでいたが、ハッキリ言って無理。

私はカレントの中に飛び込み、全力で泳いで、その人の後ろから空気ボンベを掴み、流れより脱出して、とりあえず落ち着かせて、海面へ浮上した。

沖に流された経験が無いと想像するのが難しいと思うが、波があると自分がどちらに向いているのか、岸は何処なのか、本当に解らない。

その時は疲れないように、ボートが救助に来る事を待った。直ぐにボートは来た。

その時の安堵感ったら・・・・・。

時間にすると僅か数分の出来事だと思うが、100mくらい流れていた。

カレントって怖いのだ。

 

さて、人影が少ないビーチであったが、近くに外国人旅行者と思われる若い女性がいたので、危険な為に戻った方が良い、遠浅だが、それ以上は沖に行かない方が良いと伝え、私は岸に戻った。

しかし途中で振り返ると、その女性は動く気配が無かった。

その後も2−3回、戻るように指示するが、聞こえているのかどうかもわからない。

それ以上行ったら危険と思われる場所に居たので、イライラしながら早足で彼女に近づくと、彼女の表情には余裕が無く、焦っているのが解る。

私:「もどって来れないの?」

女性:「戻れないの!」

一生懸命泳いでいるが、同じ位置から進んでいない。

流されていないようなので、離岸流にハマる一歩手前という感じだろう。

私はギリギリ足が届く深さになっており、かなり踏ん張らないと流される勢い。

この後、私が取った行動は、振り返ってみると正しくなかったかもしれないが、その時は、それ以外は思いつかなかった。

まず、私より岸側というか、浅い場所に居た男性に大声で呼びかけた。

その男性は地元民と思われ、我々の異変に気が付いていたようだった。

私:「助けが必要!」
男性:「流されているのか?」

殆ど同時に声を掛け合った。

これで万が一、沖まで流される事があっても、その男性が何かしらの対応をするであろう。

そして私が次に取った行動は、私自身がギリギリ踏ん張れる場所まで行き、女性を受け入れるという方法。

ギリギリの場所から女性の距離は5mくらいだが、必死に泳ぐ女性は私にたどり着けない。

こりゃまずい。

血が逆流するというか、毛穴が開くというか、恐怖の感覚が私を覆う。

このままでは、たぶん女性は流されてしまう。

流されたら死んでしまうかもしれない。

今なら、まだそれ程の流れじゃない。つまり離岸流の真っ只中では無い。

地元民と思われる男性は、我々から10mくらいの場所まで迫ってきていた。

女性を地元民の男性に渡せば、後は私だけなので何とかなると判断した。

仮に私が流されても、パニックになる事は無く、冷静に対応できると思う。岸と平行に、疲れない程度で泳いで、離岸流から脱出すれば良いのだ。

背泳の要領で、ドルフィンキックで泳げば水も飲まないだろう。

沖に流されても、きっと地元男性が、何かしらのアクションを取るだろうし。

今思うと、とても危険な判断なのだが、その時は、それ以外に考え付かなかった。

私は泳いで私は彼女に近づき手をとった、しかし絡まれないように気をつけた。

パニックになっている人に体ごと絡まれると、きっと私は溺れる。

もし女性がパニックになっていたら、とりあえず殴って大人しくさせてから、救出しようと考えていたのだが、女性はパニックになっていなかった。

後から聞くと、救助に来た私を見て安心したらしい。

とりあえず彼女の手を掴んだ時点で、既に足はギリギリ届かない感じ。
足をギリギリ伸ばして、やっと指先が海底に付くくらい。

これじゃ踏ん張れない。

彼女を引っ張りながら泳いてみたが、少しずつ流されているのがわかる。

ちょっと危険とは思ったが、私は女性を掴んだまま、息を全部吐いて浮力をゼロにして自分は沈み(つまり呼吸が出来ない状態)、でも足は地面に届く状態となり、踏ん張りながら岸へ進んだ。

苦しくなったら、海底を蹴って海面より顔を出して呼吸をして、また潜るというか海底を歩く事を繰り返す。

海面に浮かぶとを流されるのを感じるので、ギリギリまで呼吸を我慢して水の中を踏ん張りながら歩く。

水面へ出て呼吸をしながら女性に対して

「泳げ泳げ!全力で泳げ!足を動かせ!」

と声をかけていたのだが、後から聞くと女性の耳には、私の言葉は届いていなかったらしい。

でも女性は一生懸命泳いでいた、必死だったのであろう。

そのうち、私の頭が海面より上に出るようになると、もう一安心。

距離にすると、僅か数メートルだと思うが、私はバテバテだった。

後は救出に来てくれていた地元男性に女性を渡した。

女性は背の高い地元男性におんぶされる様な形で岸に運ばれている。その後姿を見ながら安心した時、少し高い波が来て私は数メートル沖に流され、また足が付かなくなった。

よくニュースなどで、救助を行った人が死亡したと耳にするが、少し理解が出来た。

この時に私は、

“少しだけ全力で泳いで、駄目なら流されて海岸に向かって平行に泳いで離岸流を脱出しよう。最悪、沖に流されてもボートが救助に来てくれるだろう。”

であったのだが、少しだけ全力で泳いだ事により、足が海底についた。

後々、幼少より水泳を習わせてくれたを親に感謝した。

陸に上がった私はバテバテというか、もう歩くのも嫌って感じ。

女性は申し訳なさそうな顔をしている。

私は安堵と怒りが混ざった感情だった。

女性に詰め寄り、まずは安全だった事を喜び、そして少し説教じみた事を話した。

私:「軽く考えているかもしれないけど、もしかしたら死んでたかもよ?」
私:「私、キミに何度も戻るように言ったよね?」
私:「どうして私の言う事を聞かなかったの?」

女性:「ナンパかと思っていたの・・・・・。」

一気に疲れた。

その後ホテルへ戻り、少し休むつもりが一気に数時間ほど寝てしまった。
本当に疲れていたのだ。

 

さて、それから数日過ぎたが、どうも両腿の裏側が痛い。

両方のふくらはぎも張っている。

準備体操もしていない状況にて、全力で泳いだのが原因であろう。

折角直りかけていたのに、また悪化したよ。

 

後から考えたのだが、もし海の中で足がつっていたら、どうなっていたのだろうか?

怖いな〜。

まさか自分の人生において、人命救助のような事をするとは想像していなかったので、貴重な経験と言えば貴重である。

でも、もう経験したくない、肉体的にも精神的にも疲れすぎ。

 

これから夏を迎えます。

日本では毎年、数名は離岸流で沖へ流され死亡しています。

本当に注意をしてくださいね。

 

おしまい。

 

 

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